観た・聴いた・読んだ(映画・DVD・CD・読書レビュー)

壇 ふみ『父の縁側、私の書斎』

父の縁側、私の書斎 (新潮文庫)

著者:檀 ふみ          

父の縁側、私の書斎 (新潮文庫)   読んだきっかけ: イマドキの”知性派(?)女優”とは一線を画した感 のある壇ふみさんが好きで、図書館で見つけて内容も知らずに手にとった

 感想: 壇一雄さんが亡くなったのは、娘の頃だった
『火宅の人』というタイトルと、どうもそれは自伝的小説らしい・・・というところから、壇一雄さんを”食わず嫌い”したまま
そんな”家宅の人”のお嬢さん、という看板をずっと背負ったまま女優とエッセイストを続けて自分を表現なさっているとても”理知的”な壇ふみさんのことは、”さすがに、蛙の子は蛙”なのだなぁ・・と思ったり、”お父様が好き勝手なさっていても、お子さんがグレもひねくれもせずに、こんなに美しく、凛と賢く育つ家庭って、一体どんな家庭なんだろう??”と思ったりしていた


タイトルから、その疑問に答をくれる「父との思い出」的なエッセイか・・・と思えば、さにあらず、さりとて、父への想いは溢れんばかりに散りばめてあり。。。。

建築家の中村好文氏(アタシは寡聞にしてこの建築家を存じ上げないけれど・・・・有名な方なんでしょうけれど)の「解説」に

私は、この本を、著名な小説家を父に持つ、才気溢れる女優さんの綴った気軽なエッセイ集として読んで欲しくないと思っています。できれば、この本を(中略)優れた「住宅論」として読んで欲しいのです。

と、ある通り、本当に”優れた「住宅論」”であり、”上質な「住文化(などという言葉があるのかどうかわからないんだけれど・・・)論」”であるとも思う
新築する時には、隅から隅まで気持ちを入れていたはずの我が家も、10年住み慣れて、「当たり前に暮らすための箱」に成り果ててはいないか?

ふみさんと同じく(などというのは畏れ多いけれど)
”モノに対して愛情薄”く、固執するわけでもなく、どうしても欲しい!と思うものがあるわけでもないのに、どういうわけか”モノが捨てられ”ず、つまらないものばかりで住空間をどんどん狭めてはツレアイになじられているアタシには、よい刺激になった

すっきりと(決して、雑誌のようにお洒落でなくとも)、だけど、ひとつひとつのモノや、そのモノにまつわる思い出を大切に
丁寧に、その空間で過ごすひとときひとときを慈しむ、”上質なくらし”を紡ぎたいなぁ・・・と思った

おすすめポイント: 流行りすたりに振り回されずに、”上質で、丁寧な暮らし”をしたい・・・と思っている方のツボにはハマるのではないでしょうか。

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観てきました

『アバター』(http://movies.foxjapan.com/avatar/P1021_3

自分じゃ絶対に選ばなかった映画
「冬休み、なんか映画観に行きたい」とチビが言うので
「何が観たい?」と聴いたら「アバター!」と即答
そりゃ、こないだ『ゼロの焦点』観に行った時にメイキングインタビューと予告映像見て
「これはとてつもない映画ができたわ!」とは思ったけれど
そう積極的に”観たい”とまで思わなかった
案の定おネエもあんまり乗り気でなく
結局、チビと二人で行ったのだけれど

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091223-00000005-eiga-movi

この記事をご紹介するまでもなく・・・・
いやぁ・・・・・・
もうね、スゴイ!!!の一言に尽きます
アタシ元々あんまりSF好きではない(アタシが”科学の進化”とか”技術革新”を積極的に応援したくはないのは、こういうことは容易に”戦争”に利用されるからで、それをわかっていた良心的な科学者も多いけれど、SFでは科学を弄する人間の愚かさを目の当たりにすることが多いのが片腹痛い)ので、『スターウォーズ』『スタートレック』などなど話題作も観ていないのだけれど
これは、贔屓のキアヌの『マトリックス』の何倍も良い!!!
映像の素晴らしさもさることながら、ストーリーが、単なる”宇宙戦争”でなく、
宗教観やいのち、自然との調和などが丁寧に描かれていて、本当に人間に”何を大切にすべきか”を突きつけてくる

3Dは少しお値段張ったし、アタシの持っていた無料鑑賞券では観られなかったので、私たちは普通映像のを観たのだけれど
体験上映やってた3Dはすごかった
あれは、宇宙生物が接近してきたら、マジ怖いわ!!!
それに、アタシ高所恐怖症だから、クラっときたかも・・・・
普通映像でも充分に力の入った映像作りを堪能できると思うけれど
より劇場上映の良さを味わいたいなら3Dがオススメかな


SF、”宇宙戦争”の体裁を採ってはいるけれど
あの物語は、今日、この地球上で行われている醜い戦を痛烈に提示していると同時に
愚かな人間は”歴史に学ばない”コトを示唆している、のかもしれない

リアリティを求めてのことだろうけれど
”富”を求めず、殺戮を好まず
穏やかな生活を望む者達も
”勝ち負け”に拘り、”征服”と”占有”とを望む者の前には
結局は刃を持って、”武力”で立ち向かうしかないのか・・・と
そして、これも、ストーリーのリアリティの追求上仕方のないことなのだろうけれど
散らずともよい命が次々に散ってしまう
アタシ達は”英霊”と呼ばれる人々や”被征服者”達の屍の上に今の安寧な生活を築いていることに
もっと敏感でなければならない・・・のかもしれない

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崔 善愛『父とショパン』

父とショパン 

著者:崔 善愛

父とショパン

読んだきっかけ
私が著者を知ったのは、彼女のCD『ZAL(註:Zの上に「・」。ジャルと読む。ショパンが自身の心の奥底にある情緒を表現するのに用いたポーランド語だそうで、悲哀、哀しみ、悔い、本来あるべきものが亡くなった時に感じる感情のことだそう)』で初めてであり
名前から韓国人と察せられる彼女が、日本生まれの在日韓国人2世であり
「指紋押捺拒否裁判」の被告であり
「再入国不許可取り消し訴訟」の原告である
ということは、この本を読んで初めて知った

感想:
「音楽家として生きようとするならば、誠治を語らずピアノに専念した方が良いのでは?」と暗に言われたことが何度もある

と、著者は語る


ショパンやラフマニノフ、ホロヴィッツやブーニン、傅雷(ツー・ツォン)などが故国を離れた音楽家だということを知ってはいても
パリのショパンにはジョルジュ・サンドとの愛の生活を強く喚起し
ラフマニノフの「鐘」にはクレムリンの鐘を感じることはあっても
その奥に踏み込んでいくことはなかった

音楽家としての著者が、ショパンの語った「ZAL」を巡って「国外逃亡者」であるショパンへの思い入れを語った、ショパン評か・・・と思っていたのだけれど、さにあらず

全体の2/3は「父(と私)」そして、残りの1/3にショパンをはじめとする”民族、故国への想い”を強く持つ音楽家たちを列記した
人権とアイデンティティを語るエッセイだった

ショパンのマズルカはポーランド人にしか弾きこなせない・・といわれるそうだけれど
母が得意としたマゾフシェ地方のポーランド民謡(マズルカ)を、他のジャンルの曲と比して生涯でもっとも多い59曲作曲したショパンの哀しく狂おしいまでの望郷の想いは、ヘルマン・ヘッセをして、彼こそショパンを正しく演奏できる唯一のピアニストであると言わしめた傅雷には解され、それは故国中国を捨てアメリカに亡命した傅雷の生き様と無縁ではないのかもしれない

音楽家は音楽でもって、自身の心情を表現し、多くの人に伝えようとする
と、同時に、音楽の限界を知るからこそ
音楽以外の言論活動で、音楽では伝えきれないものを伝えようとされるのかもしれない

音楽作品をなぞる時
単に譜面をなぞり、倣うだけでなく
音楽に籠められた魂を”汲み取り””表現し”て、二次的に伝えてゆくこと
それが「演奏家」としての技量であり、使命なのだろうな・・・と
「演奏家」には程遠く、また、それほどの気概も持ち得ない
単なる「愛好家」のアタシなどは思うけれど
でも、作品に秘められた心情や背景を知って奏でることは
単なる「愛好家」の演奏にも、大きく左右するのだろうな・・・と思った

おすすめポイント:
純粋に音楽の本、と思って手に取られると
ちょっと面食らうかもしれません
ピアニストとしての崔さんの背景を知るには最適

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山本敏晴 『HIV/エイズとともに生きる子どもたち ケニア』

とかくエイズ(HIV)はタブー視されたり、偏見を持ってみられたりするけれど 41celjmi1cl__sl500_aa240_
生まれながらにHIV感染の可能性を持って生まれてくる子どもに
何の罪もない

先日観たDVDは、タイの幼児売春によるHIV感染の子どもの問題がテーマの一つだったけれど
母子感染のケニアの子ども達の問題は
先進国で唯一HIV感染者数が増加しているわが国でも
近い将来”他人事ではない”問題になる可能性が大きい

「小学校高学年から読める平易な文章」ではあるけれど
中学生にも理解できる”わかりやすい英訳”もあり
多くの青少年に見てほしいと思う

世界のどんなところに住んでいても
HIVに感染していたって
「ひと」が願うこと、大切にしているものの根本は同じ
自分が大切にしたいと思っているものを懸命に守るように
地球の裏側で、大切なものを守りたい・・と思っている見も知らぬ子ども達のことを
”知ること”
まずはそれが「国際理解」「国際協力」の一歩かな」

これまでの”あなたのたいせつなものはなんですか”シリーズは
子ども達の絵がほとんどだったと思うのだけれど
この『ケニア』では
「たいせつなことは、普段の生活を続けていくこと。普段の生活を続けられることにまさる幸せはありません」
「たいせつなものは、わたしたちのコミュニティ。もし、仲間のだれかがエイズで死んでしまった場合も、その孤児たちを。私たちで育てていこうと思っています」
という、成人の想いが採り上げられていたことが、アタシには個人的にとても心に響いた

”普段の生活を続けられることに勝る幸せはない”
”仲間の誰かにもしものことがあれば、みんなで手を差し伸べて支えあってゆく”
社会生活を営む人間にとって、本当にたいせつで愛おしいことを
私たち日本人は、意識して生きているだろうか?
不況だ、デフレだ・・・という経済用語の飛び交う社会で
”なんとかなる””生きていく上では、ほんの”些細”な”己の生活の変化に汲々として、周囲への感謝や配慮など二の次になっている寒々しさを
「勉強してお金をたくさん稼げるようになれ」という言葉とともに
子ども達に刷り込んでいるのではないか??

カメラに向ける子ども達や大人たちの
ひたむきで、希望を捨てない瞳の力に
”何もできない”自分は”何もしようとしていない”自分なのではないか・・・とハッとさせられる

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『南極料理人』

ご家族のいらっしゃる友人をそうそう引き止めるわけにもいかないので
バスまでの時間は、田舎ではなかなか見られないミニシアター作品を観に行こう!と、上京する前から決めて、リサーチしていた
久々の銀座で映画鑑賞

『南極料理人』

この映画、「知らない」(田舎じゃやってない)って思ってたんだけど、ちょっと古い(夏に公開されてた)のね・・・

昔フルート習っていたときのグループのメンバーに、南極越冬隊員の方がいらして、ホント、「あ~~、この人、いかにも越冬隊員!!」って感じの雰囲気(無精髭でみなりにはあまり頓着していらっしゃらない)だったのだけれど、一体どんなことなさってんだろう???って思ってた
この映画見て初めて、いろんな職種の人が行くのね、(公務員や学者だけでなく)民間人も行くのね、って。。。

すごく良い映画
こういう良質な映画作れるうちは、まだまだ邦画、イケルゼ~~~!
変にハリウッドと張り合うド、なんて力入れずにさ
こういういい映画、作ろうよ!!

映画観て声出して笑ったのって、もう何年ぶりかもしれない
「西村君、ダメだ・・・・・。楽しい・・・」って、豊原さ~~~ん
肉の塊の松明持って、大の男が雪原走り回ってるって、、、、いいなぁ。。。
「なんていうかさ、ここは”自由”だよね」
ホント、そうなんだろうなぁ・・って思う
その反面、そりゃ、あ~~~んななぁ~~~~んにもなく、接する人もごく少数限られていて毎日毎日毎日毎日同じことの繰り返しの日々の中じゃ、煮詰まりもするだろうし、人間関係ギクシャクもする
やっかんだり、ズルしたり、怒ったり・・・
好きなものが食べられなくなったきたろうさんの涙目
あんな”極限状態”
今の日本じゃ、ない、よね

でも、そんな中でも、あんなに気持ちの篭もった、美味しいご飯食べられたら
日々HAPPYheart04shine
美味しいモノは人を幸せにするっていうのは
どんな局面においても、大正解!だと思うんだけど
ああいう状況じゃ、なおさら。。。

しかし、南極観測隊の食糧って、一体誰が決めるんだ??
フォアグラとか伊勢海老とか、「エエもん喰ってんなぁ~~」と思わず小市民目線になっちゃいました

堺雅人さんが好きで、この映画見よう!って決めたんだけど
娘と並んで寝っ転がってTV見ながら「ぷー」とかするし
ちょ、ちょ、ちょっと・・・なんで堺くんにうちのおっちゃんとおんなじような人間演らせるかな~~~coldsweats02
でも、拉麺打ってるときの目
カッコ良かったわ~~~~lovely
あれは、家族とハンバーガー食べてるときには絶対に見せない目
”オシゴトしてる”目、なんだよね
キャストもストーリーも画も、文句なし!!でした
登場人物8人、観客8人
1500円で2時間、すご~~く得した気分Dsc05672

Dsc05674 都会でしか観られない美しいイルミネーションを眺めながら
東京駅へと歩くDsc05673_2 


東京駅のカフェでバス待ちを・・・・と思っていたけれど
今回も失敗!
東京駅は土日はほとんど22時には閉店sweat02
こんなことならば、銀座のカフェで22時過ぎまで過ごして、それから歩いてゆけば良かったか・・・・
またしても東京駅サバイバル
どうも、東京駅は”鬼門”だな

夏はバスの出発時刻ギリギリだったにも関わらず、集合場所のブリジストン本社ビルが思っていたよりも駅から遠くて、メチャメチャ焦ったので、今回は八重洲中央口目の前のヤンマービル前から出るバスを選んでいたのだけれど、バスの出発地のディズニーランド出口付近が渋滞している・・とかでバスの到着が遅れ、23時15分にやっと乗車
昨日のバスより座席間は少し狭い、フツーの4列大型バスだったけれど、隣がいなかったので脚を座席に上げることができ、それだけでも随分脚の疲れが違う

そして、今朝は予定到着時刻の1時間半も早い6時半に難波に着いたけれど
今度はアタシには”帰る家”があるもんね!!
帰宅すると、ちょうど部活の練習に出掛けたおネエと入れ違い、バス停出たところでバス同士がすれ違うニアミス
どうせ早くなるなら、あと30分ほど早く着いてくれりゃ、お弁当も作って送り出せたのに・・・

チビと一緒に朝御飯食べながら、昨日の試合に勝った話など聞いて
アタシの実になが~~~~~~~~い0泊の上京は終わったのでした

滞在時間実に17時間弱、往復交通費8000円強、滞在費用映画代込みで2250円+食費で、〆て1万強・・・・正味1日分としては、まぁ、赦される贅沢かなww(サラリーマンなら忘年会1回一晩でこれくらい飛んでいくことでしょうから・・・)

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『闇の子供たち』

原作は読んだことがあり、この衝撃的な作品をどうやって映像化するのだろう????とずっと観たいと思っていた
予想以上に衝撃的な作品
特にラストはなんとも言えない・・・・・・
アタシは昨日の夜に見たのだけれど
1日過ぎても、胸にド~~~ンと残ったものが去らない 51zeyvykz0l__sl500_aa240_

臓器移植、ペドフィリア
きっとこの作品(原作)に会っていなければ、一生知らずにいただろう現実
現実はあまりにむごく酷い
けれど、”ありのままの現実を見る”コト”知る”コトが
”なにか”を変えていくと信じて
世の中を、世界を、ニュースを、時代を
見て、知って、考えて、生きたいと思った

江口洋介、佐藤浩市、妻夫木聡、豊原功補、宮崎葵
配役が誰も本当にピタリとはまり役
宮崎葵はきっと、地のまんま演じたのだろうなぁ・・・・
饒舌に語らぬ見せ方が秀逸

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梯 久美子『昭和の遺書』

昭和の遺書―55人の魂の記録 (文春新書)

著者:梯 久美子

昭和の遺書―55人の魂の記録 (文春新書)

読んだきっかけ:
他人様の遺書を好んで読む、などという趣味はなかったのだけれど
新聞の書評で知って、読んでみたくなったので

感想:
参考文献を見ていてビックリ
”遺書をまとめた”こういう分野の書物・・って結構出てるのね
言われてみれば『きけわだつみの声』なんてその最たるものですね

一番胸が締め付けられたのはやはり有名な円谷さんの遺書
家族ひとりひとりに、食べさせてもらったものと感謝の言葉を列記し
最後に、苦しい胸のうちを吐き出し
親への不孝を詫びる
どれだけ苦しかったのだろう・・・・と

それから、バスの中で読んでいて、不覚にも落涙しそうになったのは、当時新聞にも公開された鹿川裕史くんの「イキジゴク」の遺書
こんなことを絶対に繰り返してはならない、我が子も、他のお子さんも、決して死なせてはいけない
何度もそう思うのに、このような陰惨で痛ましい事例は後を絶たない

時代についていけなかった人、時代に負けた人
そういう言い方ができる幕引きも少なくないように思う


『虎は死んで皮を残し、人は崩じて名を残す』と言ったのは誰だったか
残すような名もなく、文を残そうとも思わないけれど
平成という時代を
漫然と・・ではなく、しっかりと見つめて生き、そして死を迎えたいと思う

おすすめポイント:
人の生き様、死に様を通して時代が見える
自分の命の重さを感じたい時にオススメかも

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いろいろ初体験

まずは「京都先斗町小料理屋」さん初体験

友人に連れてってもらった
大学時代の友人のご子息は、今南座の顔見世に出演中
12月は京都に滞在中、という友人は
先斗町のお店のおなじみさん
「今年もきはってんな~」「いつまでいはるのん?」「○○ちゃんちょっとすっとしたな~。ぽっちゃりしてた頃もかわいかったけどな」
あぁ・・・”一見さんお断り”ととても敷居高く思えるこの街には
こうやって、役者さんを育てる”空気”があるんだなぁ
小料理屋さんで「ここ、お食事、すごい美味しいのよ」と友人は言っていたけれど、夜の部の前だったので、お食事はちょっと・・・というわけだったのだけど
小料理屋さんなのに、美味しい甘味が揃っていて、アタシはハーフサイズの抹茶あんみつをいただきました
ハーフでもお腹い~~~~~~~~~~っぱい
の上に、「クリスマスやし、食べてみて」とシュトーレンとお紅茶までサービスしていただいた

そして、今日の目玉
『南座顔見世』初体験
京都で学生時代を過ごした妹は母と行ったことがあるらしいのだけれど
アタシは南座も顔見世も初体験
歌舞伎は去年の夏に姫路の文化会館で亀治郎さんを、秋には東大寺で幸四郎さんの勧進帳千回公演も観たのだけれど
歌舞伎専用劇場で観るのは学生時代に歌舞伎座や新橋演舞場に観に行っていた頃以来だから、もう、ホンモノの”歌舞伎観劇”の雰囲気はまさに20年以上ぶり
ママ友に「アタシ今日顔見世初体験なの~」と大コーフン状態でメールすると
「ふ~~ん、てことは、お着物かしら~?」とのお返事
そ~~だ、そ~~だ!歌舞伎鑑賞と言えばお着物
母なら間違いなく着物、なんだろうけれど、アタシはそんなの思いもよらなかったわcoldsweats01
確かに、南座に入ると和装率高し!!!
友人のご子息は昼の部にも夜の部にも出演なさる(http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kyoto/2009/12/post_17-ProgramAndCast.html)けれど、「夜の部の方が良いお役」と伺っていたので、夜のお席をDsc05653
友人は「今回ちょっと張り込んで、1階の花道脇の席を狙ったの」と仰っていたけれど、アタシはちょっと張り込んで3等席を・・・(最初は観られるなら4等で良い、と思っていたのだけれど、申し込んだ時に提示されたお席があまりに端っこだったので、あと2000円奮発!)

Dsc05649 南座の師走の装い、ずらりと並んだ「まねき看板」
もちろん、友人のご子息のまねき板もあります
アタシはもうこの外観見るだけで、テンション上がりまくりupup

前半、『天満宮菜種御供』は菅原道真大宰府配流のくだり、『土蜘蛛』は源頼光の四天王の土蜘蛛退治のお話
イヤホンガイドを借りていたのでわかりやすかった、というのもあるけれど、やはり学生時代に観に行っていた頃よりも、ずっと人生経験豊富になり、あれこれと雑学の知識も増えたので、解説パンフレットがなくても楽しめた
友人のご子息は、夏の同窓会の時に別の友人が「もうね、素晴らしいの!踊りも、所作もすごくお上手なの!!」と絶賛されていた通り
遠めにも凛としたお顔立ちで、よく通るお声、そして、今回は踊りはなかったけれど、所作の流麗さは、歌舞伎の所作や日舞に明るくない私にも「これが梨園の御曹司でもない中学生の動き?」と思える洗練されたものだった

後半までの30分の幕間に、友人と入り口で待ち合わせ、南座お隣のお蕎麦屋さんで夕食
京都ならではの「にしん蕎麦」やさんだったのだけれど
アタシはにしんもお蕎麦も得意でないので、おうどんを頂く
関西には珍しい細打ちのおうどん、美味しく頂きましたww

お食事終えて劇場に戻ると、ちょうど幕間の終わる時間
後半はあまりにも有名な、だけどアタシは一度も”ホンモノ”を観たことがなかった『助六』
学生時代に学園祭で花魁の役を演じたことがあったので、思わず玉三郎さんの花魁の衣装や所作をまじまじと観ては、アタシ達の素人劇の衣装の貧弱さ(そりゃ、各自うちにあったものを持ち寄ったのだから、あの当時はアレが精一杯、だったんだけどさ。。。。アタシなんて、花魁なのに、地味な黒いウールの着物(黒が”粋”だと思ってた若気の至りと、さすがに母に舞台で着るのでやわらかものを貸してくれ、とは言えなかったので・・・)に七五三の時の鈴の付いた金襴の帯をお太鼓を前に(鈴木春信の『遊女に玉づさ』の絵のような・・・・)してたんだから、今日の玉三郎さん演ずる揚巻などとは雲泥の差)に今更ながら冷や汗したり
観ていて「あ、帰ったらチビが録画してくれてる『仁』観なきゃ!」と思い出したりして・・・
初めて『助六』をちゃんと観て、ストーリーも、そしてかの有名な大見得もすべてが切れ切れの知識とピタッと符合して、まぁ、良い気持ち!!!
そして、最終幕の『石橋』はこれまた、お正月のバラエティやパロディ物でそのスタイルだけを知っていた連獅子の「毛振り」
天井から雪に見立てた紙ふぶきがハラハラと舞う、まさにエンディングに相応しい豪華絢爛な演目に「あ~~~~~、今年最後の厄払い、千秋万歳にええもん見たわ~~~」と大感激!!
高校生の頃は年に一度、父の職場の厚生事業で催されていた宝塚歌劇を観に行っては大感激していた娘時代を思い出し
同じく宝塚のゴージャスな舞台を愛してやまないおネエにも、それに通ずるこの豪華な舞台は是非いつか見せてやりたい!!と強く思ったww

感動冷めやらぬままに劇場出口で、友人と、衣装直して出てこられたご子息とにお会いし、「これがうちのチビと同年代の男の子!??なんて、しっかりとした・・・・」ともう夢見心地で帰途に着きました

世に”ステージママ”多し、といえども
彼女は社会人として自分自身の中に、キャリアについてのしっかりとした太い芯を持っていて、”子どものために”自己犠牲を強いる・・というタイプの人ではなく(アタシなど、社会人としてのキャリアも子育て期は中断し、ずっと貫いてきたわけでもなく、さりとて、子どものためと、何を置いても子ども中心の生活をしてきたわけでもない、本当に中途半端な生き方しかできずにここまできているわけだけど・・・)、子どもに自分の夢を託してあれこれとお稽古事をさせようという感じでもないし
また、”子どもがやりたいことをやらせてあげよう”という人ではあるけれど、庶民感覚の根づいた人で、決して”子どものやりたいことには金に糸目をつけない”という感じではないので
今注目の辻井伸行さんのお母さんのようなステージママタイプともちょっと違うと思うのだけれど
どうしてお子さんがこんなに幼いうちから、そんなにはっきりと自分の進むべき道を選び取り、着実に歩いているのか、不思議でならなかった
彼女によると、彼女自身が歌舞伎は好きで、彼女が観ていたものを、彼はまだおむつをしていた頃からじっと観ていて、お芝居に連れて行けるようになると「いい子にしてないと連れて行かない」と言えばいい子になる、と言うくらいお芝居を観に行くことを愉しみにし、あるとき幕間のロビーで、歌舞伎の真似事をしていたのを目に留めて声を掛けてくださった、一番最初の踊りのお師匠さんとの出会いがきっかけとなり(彼女は当時、経済的にもとても苦しかったので「子どもにお稽古事をさせる余裕はありません」と長い手紙を書いたらしいのだけれど「じゃ、いくらなら出せるの?」という言葉で、彼女の提示した破格のお月謝で踊りのお稽古を付けてくださるようになった・・・とか。それほどにまでほれ込まれる、見所、才能があったのでしょう・・・)、そのお師匠さんのご紹介で人を介して、今のお部屋の部屋子さんになられた・・と
友人は「運だよ」と仰っていたけれど
生まれながらに宿っていた興味と才能、それが触発される環境
そして、その才能を見出してもらえる機会に巡り会えるという、まさに”運”、そして出会えた人との”縁”
そういうものに、人の人生って導かれていくんだね~~

さりながら、役者とは浮世定めぬ人気商売ゆえ、友人は「このままうまく行ってくれると良いんだけど・・・」「歌舞伎ブームが去ると見向きもされなくなってしまうかもしれないし・・・」と母親ならではの不安も垣間見せる

けれど、どんなときにも「求めよ、されば与えられん」
うちの娘たちにも
きっと、、、、、、

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12月の恒例イベント

どなたにも、毎年『恒例』といえるものがお有りかと思います
アタシにもいくつかありますが、今日はそのひとつ
12月恒例のピアノの先生たちの『Piano Duo Concret』
チビと聴きに行きました
(おネエはpigフルの影響で期末試験が月曜日からになったので、今夜はうちに缶詰です)

グループを結成されて13年目、毎年この2台のピアノデュオのコンサートを始められてから11回めの今年のプログラムは
第1部が
ブゾーニ   協奏的小二重奏曲(モーツァルト『ピアノ協奏曲第19番』終曲による)
ブラームス  ワルツ Op.39
デュカス   魔法使いの弟子

そして、先生が演奏される第2部はDsc05636 
ドビュッシー  小組曲「小舟にて」「行列」「メヌエット」「バレエ」
インファンテ  アンダルシア舞曲「Ritmo」「Sentimento」そして  「Gracia」
Dsc05637 結成13年目のお仲間とあって、息もピッタリ
そして、”クラシックをより身近に””クラシックをよりわかりやすく”という思いで集われたので、毎年耳馴染みのある選曲での演奏だけでなく、その曲や作曲者の沿革やエピソードなどの解説を織り込んでくださるコンサートの時間は、本当に私のような”単純なる音楽愛好者”にはありがたいコンセプト
聴き手を選び、観客の予習を含めた成長をも牽引する演奏家や音楽家がいる一方で
なるべく敷居低く、裾野を広げ、殊に子どもを中心として音楽の楽しみを伝え、浸らせたい・・・との思いで演奏活動を続ける演奏家、音楽家もいる

先生たちの立場は”セミプロ”とでもいうのだろうか
マネージメント会社やマネージャーがついているわけではないけれど
でも、ボランティアや身内だけでやっているわけでもない
聴き手を選ばず、敷居低く広報活動もする一方で
お金を取っているわけだから、そこそこ音楽に造形深い音楽愛好家の耳も堪え得るものを聴かせなければならない
ご自身を取り巻く環境がどう変わろうとも、その活動を続けている以上は、マンネリ化せぬよう研鑽を積み、そのプレッシャーを毎年自らに課していらっしゃる姿からは、身近で見る者として、学ぶものは多い

毎年このコンサートで連弾の楽しみを再確認し、あの曲今度弾いてみたい・・とか、あ~あの曲はあんな風に弾くのか~と思ったりするのだけれど
今年は、来年の発表会で一区切りのおネエ(再来年の春、進学で家を離れることになれば、来年の発表会が先生のところでの最後の発表会になる。もし、家から通うことになれば、私と同じように、月に2回くらい先生のところにお稽古に通うつもりでいるみたいだけれど・・・どうなることやら??)と、記念にブラームスのワルツを連弾してみたいな~~と思った
子ども達がちっちゃい頃に、ディズニーメドレーやジブリのテーマ曲なんかを連弾していた頃が懐かしい。。。
娘達とクラシックを連弾することは、娘が生まれた頃からのアタシのささやかな夢だった。。。。Dsc05644 

それぞれに特徴的な調べに耳を傾け、浸っているうちに2時間はあっという間に過ぎ
アンコールは華やかに、2台8手による 『星条旗よ永遠なれ』

今年の衣装は、白と黒でとても印象的でした

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小林 哲夫 『東大合格高校盛衰史』

41h67ruvefl__sl500_aa240_ 新聞の書評だか新刊案内だかで知り、多分載っているであろう出身校がどんな風に分析されているかという興味本位で図書館にリクエスト

1949年新制東京大学の入試から2009年まで
1年ごとに高校別合格者ランキングが表で列記され、そこにその年度、時代ごとの社会情勢などを加味した解説が為されている『東大合格校の歴史』の章と
東大合格校を各都道府県内でランク付けし、都道府県ごとの教育風土や文化を考察した『全国から東大へ』の章
そして、進学女子校や全国にあまたある宗教校のなかの進学校、成績以外でも突出することを目指す”文武両道校”など、客観的な”情報”として、とても丁寧で面白かった


ランクや合格者数、つまり“数”はどうでもいい(アタシはもともと”数”には興味のない人間)
だから、ランク表よりは文章の方を精読したのだけれど
ん~~~、情報収集はなかなかに緻密で素晴らしいけれど
都道府県別に分析するには、京都に膳所高校が入っていたり、鳥取の”頭脳流出”者(灘高進学者)に城崎町(現豊岡市~城崎も豊岡も兵庫県である)出身者が取り上げられていたり
アタシが詳しい近畿圏だけでもこれだけあるのだから、他の地方でも同じような”勘違い”があるやもしれず、緻密さに欠ける感は否めないし
限られた字数にまとめるという制約の為か、文章に整合性がなく、「んん??」な文章が散見された

そんな文章の中に
「70年代のマンガ『愛と誠』の花園実業高校、80年代の『ビーパップハいスクール』の愛徳高校、90年代の『クローズ』の鈴蘭男子校を彷彿させるものがあったが受験校へ生まれ変わる。さびしさを感じる。」
なんて著者の”感慨”が滲み出ていて、結構笑える

ランク表や県別の東大合格校の中には、「桜蔭」「横浜翠蘭」「栄光学園」「鶴丸」「大分舞鶴」「岡山大安寺」「都立西」「県立千葉」「松本深志」「県岐阜」「浜北」「広大附属」など
学生時代の学友たちや、所属していたW大のサークルのメンバー達の出身校などが見受けられて
本当に懐かしく
特に、アタシが大学に入学した年の前後は桜蔭高校の東大合格者が群を抜いていたそうで、とってもユニークで飄々としていながらもすごく優秀だった友人のあの優秀さのわけがすとんと腑に落ちた

東大合格者の数は、学区制や入試制度など、教育制度の変化や
各高校の受験への様々な取り組みという環境要因に大きく影響を受ける
つまりは、当たり前のことだけれど
難関校合格率っていうのは、如何に優秀な生徒が集まっているか、ということと、集めた学生に”どのように”与えるか・・・ということに掛かっているのだな・・・・と

ただ、母体となる生徒数の違いがあるので、一概に”合格者数”だけで受験の成功の是非は問えないし
一握りあるいは何割かの東大合格者を出す高校が、総じて他の学生もボトムアップしているのか、あるいは一部の精鋭が伸びるやり方で、やる気や自信を喪失してしまっている生徒がその何倍もいるのか
子どもの進学を考える時には
その個々人に応じた
ひとつひとつの”進学校”の精選が必要だから
多くの親御さんが本書の掲げるランク表だけを鵜呑みにしてしまっちゃぁ、マズいんじゃないか??ってなことは(うちにはまったくカンケーはないので)老婆心ながら思ったり。。。

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