日記・コラム・つぶやき

秋の日にもの思ふ

ここ数日で、対照的な母の物語を鑑賞した

http://kanon1211sukefuji.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-bf2c.html

http://kanon1211sukefuji.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-c360.html

母として
我が子に懸ける想いや願いは
誰しも、海よりも深く、山よりも高い(はず・・・それを秘匿するか誇示するかの違いはあれど)

それを子どもは
その子の個性や感性に応じて、様々に受け止め、反応して
人格を形成しながら長じてゆく

それは、親と子どもとのマッチングであり、相性であり
だから育児に”サンプル”はあっても”お手本”はない
だけど、その”サンプル”の中にヒントがあることも
これまた真実

どんな親でも、一番の願いは
子どもが健やかに真っ直ぐに生きてくれること
この根本のところが保証されていなかったら?????

人にはその人が乗り越えうる以上の試練は与えられない、という
それは、ある意味真実
だからこそ、子どもは”選ばれて”この世に生を受ける・・・ともいう
しかし、”試練”とは乗り越えるばかりではなく、中に稀に”受け入れる”しかない、ものもある

受け入れられるか否か
それも、その人の器に応じて与えられるのだろう・・・・とも思う
しかし、同じ”受け入れ”るにしても、それが”生”に向かうものと”死”に向かうものとでは
受け入れる者の負担には大きな差が生じる

辻井いつ子さんと、キャメロン・ディアズ演ずるサラ
どちらも気丈で、パワフルで、一生懸命で、決して諦めない”強い母親”
いつ子さんには、そのパワフルさの中にも、気負いのなさが突き抜けていて呆気にとられる(それが彼女のポーズ、だとしたら、アタシは体よく彼女の術中にハマっているわけだけれど・・・)
サラの一途さは、もうガチガチで、家族は勿論、観客のこちらまでもが息苦しくなる
そして、その一途さ故に、子どもの気持ちを見落とし、家族を混乱に追い込んでいる独り善がりの哀しさ
しかし、”そりゃ、そうなるよな~~”と共感したのはサラに、だった

子育ての悩みは本当にひとそれぞれ
人から見れば”そんなことくらい”という些細なことでも
それぞれの器によっては大きな壁
それを”乗り越え”あるいは”受け入れ”る時に
いろいろな母親の姿、は解決策を示してくれはしなくても
自分の足元を照らす確かな灯りにはなる
そんなことをあれこれ思った秋の一日

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”私”から”無”へ

ヨガでよく言われるのが
「頭を空っぽにして、余計なこと考えずに、自分のカラダの内側に意識を向けて」

ヨガはスポーツではないから
無理をして体を痛めつけても意味はない
ヨガは自分のカラダと対話するためのアクティビティ
大好きな先生がよく仰る言葉

なるほど!
ヨガは哲学、なんだな
だから、生きること、にも繋がっていく。。。。。


でも、苦手なんだよね~、アタシ
”無”になること
己の内面に目を向けること

でも、これがとっても大切なことだ、っていうのは
わかる
すご~~~く、よくわかる


加藤ミリヤの『20-CRY』
娘たちがMDに落としているのを最近カーステで聴いてて
ツレアイと二人辟易してしまった

「わたしはひとり いつもひとり ずっとひとりで歩いていくのかな」

「ねぇ誰か助けて ねぇどうしたらいいの
もうわからないよ私の生まれたその意味を」

「ねぇ私に気付いて ねぇこの世界で一人だけでいい
ただあなただけ」

「私はここだよ ひとりCRY」

「私をお願いだからひとりにしないで
ねぇどうか私を必要としてよ 私を愛してよ」

これまで、ここまで”私が””私を”を絶叫した歌ってあったかしら??
演歌は自分の不幸を思いっきり謳うけど
これだけ”私”を誇示し”私”の要求を連射する歌詞も珍しい・・・・


20の時
確かに自己中で
理想ばかり高く
他人にばかり求めて
自分に原因のあることなど
考えてみようともしなかった

だけど
親に守られていた子ども時代、娘時代を過ぎ
”自分の足”で”自分の責任”で歩いてゆかねばならなくなってから
数々の困難にぶつかるたびに
強くなり
そして、それと同時に、とんがってたあちこちの角が
少しずつほんとにすこしずつではあるけれど、まぁるく磨き落とされていったような気がする。。。

自分を甘やかしてなぁなぁでだらけるのではない
誠実な努力を重ねつつ
それでも、それに執心するあまりに他者に対して過度に先鋭的になってしまうのでなく
自分の弱さも相手の弱さをも
均質に観ることのできる丸みをもつ
そんな大人に育っていって欲しい
我が娘達には
そんな淡い期待を持つ

そのためには
やはり親が”私”をいつまでも引き摺り主張していては
”目指すべき姿”など見えてはこないだろう

若くてもしっかりした芯を持ちつつも穏やかで人を癒すような女性がいることを知っている
年齢を重ねても、人を恨み、世の中を恨み、自分を可哀想がり
自分が攻撃されている…と身構える日々を送っているひともいる
親の生き方が、子どもにそのまま投影されているということを
痛感することも少なくない

愛されている
自分を助けてくれる人、支えてくれる人がいる
ひとは絶対ひとりでなんか生きていけない
生きている、それは自分ひとりの力で存在しているわけじゃない
たくさんのものに生かされている
それをきちんと実感しつつ
私利私欲ではなく無利無欲を大切にできるような
そんな穏やかでやさしい人間になりたい


・・・・と、今日もまた”無”の境地には至れなかったYOGAレッスンの帰り
穏やかで爽やかな秋の陽射しと風の中で
そう思ったheart02

ご先祖様の前でこころたいらかに
家族のしあわせをご報告し、これからも見守ってくださるように
お願いしてこよう。。。。

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見守る

今日はチビの中学の文化祭
展示発表を見に行ってきました

技術、家庭科、理科などの自由研究や美術の模写など
夏休みの宿題の展示や
二学期早々にあった職業体験のまとめなど

全体の中、で見ると
「お~~~~~~、チビ、なかなか頑張ってるジャン!wink」っていうのもあれば
「ヲイヲイ、みんなすごいヤン。そりゃアンタ、これじゃ好成績は無理だわcoldsweats02」なんてのもある
逆に言えば
「お~~~~~~、この子すごい工夫してるなぁ」「すっごい絵の才能あるわぁ」って子もいれば
「え!???ちょっと、君、ホントにやる気ある!??」って子もいる
それぞれに得意不得意があるのが微笑ましい

そして、チビの作品をひとつひとつ見ると(夏休みの宿題、チェックしてやってないので、親もここで見るのが初めて・・だったりするsweat01
良くぞここまで頑張った!
成長したなぁ・・・って確実に実感できる
子どもは確かに、逞しく日々成長しているImage196 

特に親としてその成果が眩しかったのが職業体験のまとめ
連日ヘトヘトで帰って来た3日間だけあって、得たものも大きかったよう。。。
昼から仕事があったので充分な時間がなく、順番に上映されていたビデオはチビの出番まで見届けることができなかったけれど・・・・


夕食の時に3年次でのコース選択や秋講、冬講、特講の話を切り出したおネエ
国・社の上位からの席次と、数学の末尾からの席次とがほぼ同位という
まさに”私学文系”タイプながら
我が家の経済状態も理解し、センター試験に備えるべく
それなりに自分の進路を定めて、きちんとした方針を持っていることに
この子なりの成長を見る嬉しい驚きhappy02

総じて世間の評価芳しくはない公立高校ダケド
大学受験に向けたきちんとしたカリキュラムと、タイムリーで手厚いサポートで
自分で進路を適切に選べるよう導いていただいていること
本当にありがたいと思う


ここまでくれば
もう、手を引いて教え導くことなどいくらもなく
これからは少しずつ距離を置いて
見守ってやることが親の立ち位置になってくるのだろうな。。。
全体の中で俯瞰すること、ミクロに個人の成長を見てやること
このふたつの視点のバランスを欠くことなく。。。。

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そうそう・・・・

ポスト小栗、というタイトルに惹かれて「それは、一体誰??」とクリックしてみたらば・・・

http://news.walkerplus.com/2009/0827/12/
この子!
おぐちゃん目当てで観に行った『クローズZEROⅡ』でものっそ印象に残ったというか、一目で心臓射抜かれたというか・・・・・
ふむふむ、おぐちゃんと仲良しなのね
そういえばTVドラマ『スマイル』でも、ワンシーンだけおぐちゃんとおんなじシーンで出てたよね
アタシやっぱ感性の近しい人にはどこか”ビビッ!!”と来るものがあるのかもしれない
動物的勘?????

『TAJOMARU』は是非観たいと思います Dsc05138_2


そして、また、直近にココロ射抜かれたのがこの駄菓子
中袋までかわゆいlovely
ココロニクイまでの細やかさwww

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希望

いったい、人間というのは、
どこまで愚かになれるものだろうか・・
というのが、正直な感想だが、
世界をなんとかしようと、
国際協力をやろうという人は、
こうした現実から目をそむけてはならない。
歯をくいしばって、絶望的な事実を見つめ、
なんとか、対立する両者に、話し合いをさせる場を
つくっていかなければならない。


これは、私が時々読ませていただいているブログからの
抜粋(http://blog.livedoor.jp/toshiharuyamamoto128/archives/65260817.html)だけれど


これは、ただ、「国際協力」に限ったことではない

ひととひととが一緒になにかをやっていく
その最たるものが「国家」であり「国際社会」なのだろうけれど
こんどはミクロに視点を移していけば
結局はひとりひとりのコミュニケーション

”どこまで愚かに”なる理由には
その人個人の資質に組するものが圧倒的だけれど
その人をつくった背景にある環境や
もしかしたらもう彼彼女自身ではどうすることも出来ない問題(つまり、疾病)
もあり
そのどれもの可能性を視座に入れつつ相手に向き合うこと
そこには、ものすごい忍耐力と包容力とが求められる
そのチカラを身につけるまでには
ものすごい心身の辛苦を伴うこともあるかもしれない
だけど、そのギフトは人のため、だけでなく
いや、むしろ、その後の自分の人生を豊かにする

人と人とが”どこまで愚かな”諍いを続ける根本には
お互いの資質のみならず
まずは、お互いが相手のことを指して言う”愚か”が、
本当に”愚か”なのか、というところまで遡る
”価値観の相違”がある


今、アタシも個人的に問題を抱えている
”価値観の相違”をお互いに確認しあって、それをどこかで”刷り合わせ”していこう、と思うアタシと
”価値観の相違”は仕方がない
だから”刷り合わせ”することなどに労力を費やさず
どこかにひとつでも”共通項”を見つけることに一縷の望みをかけ
その共通項でのみ繋がりたい、という友人と

お互いの、求める到達点は同じ、なのだと思う

だからこそ、話し合い、歩み寄りを続ける価値はあるのだ、と思いたい
”絶望的な事実”を見つめ、
だけど、双方がその人格をトコトン否定され尽くすことを回避しながら・・・
トラブルの勃発は、収束までのスタート地点
到達までの道のりは、これから何年も先、なのかもしれない
だけど、”諦めたら、終わり”
ひととひととの関係はそこで切れるし、国と国との関係も同じこと


こころ潰れるようなメールが立て続けに届く同じ日に
北国の友人から、北国の春の味覚が届く
大丈夫?と案じてくれるメールが届く
人生はプラマイゼロ
悪いことがあれば、必ずいいことだってある
人は人を傷つけるけれど
また人は人に守られて生きている

希望を持っていきましょう!!

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パニック??

パンデミックより先にパニックが来ちゃってる感じ??
必要以上に恐怖心煽るのはどうかと思うけれど
でも、経済活動への配慮の前に感染拡大を防ぐことに力を注ぐのは妥当だと思うし。。。。

こういうときにこそ
”マスコミ”の質とチカラとが試されるのだ・・・と思いますね
もちろん発信者のそれ、ですが
と、同時に
受け手の受け方、まさに”メディアリテラシー”

首都圏に住む友人は、今週末予定していた会合に急遽欠席を申し出た方がいらした・・と
大手某企業勤務のその方の欠席理由は「20人以上の集会には出るな」と会社から命ぜられた・・というもの
友人は『過剰反応だと思う』と言っていたけれど
万が一”なにか”あった時に、その集団の中にその会社の人間がいた・・・ということになってはまずい(社名が出るのはマズイ)ということ、なんでしょう
ん~~~~、適切な危機管理なのか、イメージ先行か???


確かに、集会の制限、移動の制限は
感染拡大の防止には一番有効な策なのだと思う

嫌がっていても仕方がない
怖がっていても仕方がない
不特定多数の集まる場への不急不要の外出は自粛し
必要な場へは、必要最低限の自衛策を講じるのは
ただ自分のため、だけでなく、社会正義に通じること、だと思う

ヒステリックにならず
パニックに陥らず
自分にでき得ることを粛々と・・・・・

子ども達にも、いい勉強になっている
・・・・・か、どうかは、親の姿勢に掛かってるな、きっと。。。。
ニュースを見てて
休校になった高校生、カラオケなんかに群がってんじゃないよ!!!って思うのは
酷なこと、ですかね???
チビの通う学校(公立中学)は、まだ感染者も、欠席者も出てはいないけれど
「もし、休校措置を取るようになった時には」と、昨日”休校期間中の家庭学習”について各教科からの課題をまとめたプリントを貰って帰って来た
すばらしい善処だ、とアタシは思ったけどね。。。。。

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経験則

来年度をもって、学生時代にお世話になった恩師が退官される・・・ということで、学年担任(うちの大学~アタシのいた学科だけ??~は、中学・高校のように、ゼミに別れる前から、毎年20数名の学科1学年ごとに、入学してから卒業まで、”その年度のクラス付”の担当教官が決まっていた)をしていただいたアタシ達の学年でも、先生の退官をお祝いする・・・ということを名目にした同窓会を開こう・・・という話が出ていて
アタシがなんとなく幹事役、のような位置にいて、みんなと連絡を取っている

そんな日々の中
「全部華音ちゃんにお任せしてしまってゴメンネ」ととても恐縮してくれる友人に
「アタシはフルで働いているみんなのように日々激務をこなしているわけでもないし、こういう機会にみんなと連絡取り合ってみんなを繋いだり、みんなからご連絡もらえたりすることが全然苦痛じゃないし、生来大雑把な人間だから、細かい気配りは出来ないけれど、その分、あれこれ些細な行き違いを気に病んだりしないから平気だよ。自分を甘やかす”言い訳”に過ぎないかもしれない・・・という自覚はあるんだけど、親として、社会人として、少なくとも子どもと向き合う時に、こちらに余裕がないとロクなことない・・・っていうのがこれまでの”経験則”なんだよね。だから、私が”屈託なく”笑顔でいること・・・は取り敢えず死守しようかな・・・・っと(笑 嫌なことは引き受けないし、引き受けるからにはイヤイヤやるつもりはないし、楽しんでやってるから、どうかお気遣いなくね・・・」とレス


職場に心身の故障者(含・死亡者)があまりに多いので、そんな状況の中、とりあえず前線でちゃんと「働けている」ということ自体に、マジで感謝している
自分の体力気力が仕事(斜陽業界なので・・・)で使い果たされてしまってる感じで、そういう生活はヒトの生き方として良い事ではない、と分かってはいるのだけれど、そんな現状の中、同窓会出席に上京するのはちょっと難しいかも・・・というくらい激烈な環境の中にいる彼女が
多忙な中で「華音ちゃんのメールの文面に、私にとっての、すごく「心を打つ」ツボフレーズがあって、お返事をつい書いてしまった。今回のメールでもまた、「経験則」というイイ言葉に思わずまた食いついてしまい、またお返事を書かせていただいてます(笑)」とくれたmailto


一人一人真剣に迷いながら一生懸命長年生きてきたからこそ、
それぞれの「経験則」を今つかめてると思う。
ある年齢過ぎたら、「経験則」って、大いに信じたほうがいい、と確信している。
自分の「経験則」が全世界の全人類に援用出来るかというと、それは出来ないと思うが、自分の「経験則」を自分が信じて従うのは、凄く正しいことなんじゃないか(力説)

とあって、

トシをとるってことは中々いいもんですよね

と、結ばれたこのメールに
下手な悪足掻きして年齢遡らせるのではなく
齢を重ね、経験を重ねることを肯定的に、ありのまま受け止め
そして、なおかつ、どんな過酷な状況下にあっても
その中に光明を見出し、些細なことに対しても感謝の念を喪わず
前向きな探究心を失わない
そんな友人に囲まれていることを、またしても実感
これって、彼女の言葉を借りれば「僥倖」だと、こころから思う


そうね
もう、そろそろ自分の「経験則」を信じても大丈夫なくらい、アタシ達は生きた・・・かもね
それを他人様に”押し付ける”のは、単なるお節介爺婆だけど
自分が自分の経験則に則って生きることに
もう、そんなに不安がったり、怖じ気づいたりすること、ないよね

こういう、こころ奮い立たせる言葉を紡ぐことのできるひとって
すごいなぁ・・・って、改めて、自分の身近にいる人たちの素晴らしさを再認識する日々です

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夢は叶わなかったけれど・・・・・

コネタマ参加中: 子どもの頃に“将来なりたかったもの”は何?

ズバリ「医者」でした。

子どもの頃、小児喘息で小児科に掛かりっぱなしだったので、”お医者さん”がとても身近だったこと、そして、小学校6年生の時に大好きだった祖父が亡くなり、「お爺ちゃんみたいに癌で死ぬ人がいなくなるように、医者になって病気をやっつけたい」という作文を葬儀の時に読んだら、祖父の主治医の先生が甚く感銘してくださり、「是非医者になってくださいね」とお声を掛けてくださったことが、すごく心に響いたから。。。。

それからずっと医学部を目指して勉学に励み(励んだ・・・のか??苦笑)、進学校だった高校でも、理数科目が弱かったにも関わらず”二次試験が小論のところを選べば、なんとかなるかも・・・・”と理系クラスを選び、そこで「物理」「数Ⅲ」という難敵と出会い、敢無く脱落

大学は「苦手な英語で原書を読まなくても良いところ」というものすごい消極的理由によって国文学(しかも、古語は苦手・・・・ということで近代文学)を専攻

結局今は、子どもの頃からの夢とは、まったく違う職業に就いているけれど、自分ではこれが”天職”だったと思えるし、よしんばどこかの医学部に合格はできてたとしても(”医学部”と名のつくところはいくらでもあるから・・・・)入ってからの学問・実践についていけていたかどうかは謎だし、何より、アタシには医者としての適性(的確な判断力や、注意深い観察力)が欠けているから、苦し紛れの入試直前の文転は、やはり正解だったのではないか・・・・・・と、思えるのです

「時代は理系!」と理工系学部に進み、そのまま大手企業で研究職に就いたダンナが、不惑を前に自主退職し、小学校5年生の頃の夢に立ち戻って、法曹を目指しているのとは対照的ではあるけれど、こんなご時世にでも、お互い”天職”と思えるものに向かっているのは、とてもしあわせなことかもしれない。。。。。

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初めましてww

初めましてhappy02

某Y○○ooブログからお引越ししてきました

お引越しの理由は、こちらの方がテンプレートが豊富なのと、自分の好きなところに簡単に画像やファイルの挿入ができるので。。。

これからブログを書いていくのが愉しみだな~~lovely

よろしくお願いいたします(*゚▽゚)ノ

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