心と体

経験則

来年度をもって、学生時代にお世話になった恩師が退官される・・・ということで、学年担任(うちの大学~アタシのいた学科だけ??~は、中学・高校のように、ゼミに別れる前から、毎年20数名の学科1学年ごとに、入学してから卒業まで、”その年度のクラス付”の担当教官が決まっていた)をしていただいたアタシ達の学年でも、先生の退官をお祝いする・・・ということを名目にした同窓会を開こう・・・という話が出ていて
アタシがなんとなく幹事役、のような位置にいて、みんなと連絡を取っている

そんな日々の中
「全部華音ちゃんにお任せしてしまってゴメンネ」ととても恐縮してくれる友人に
「アタシはフルで働いているみんなのように日々激務をこなしているわけでもないし、こういう機会にみんなと連絡取り合ってみんなを繋いだり、みんなからご連絡もらえたりすることが全然苦痛じゃないし、生来大雑把な人間だから、細かい気配りは出来ないけれど、その分、あれこれ些細な行き違いを気に病んだりしないから平気だよ。自分を甘やかす”言い訳”に過ぎないかもしれない・・・という自覚はあるんだけど、親として、社会人として、少なくとも子どもと向き合う時に、こちらに余裕がないとロクなことない・・・っていうのがこれまでの”経験則”なんだよね。だから、私が”屈託なく”笑顔でいること・・・は取り敢えず死守しようかな・・・・っと(笑 嫌なことは引き受けないし、引き受けるからにはイヤイヤやるつもりはないし、楽しんでやってるから、どうかお気遣いなくね・・・」とレス


職場に心身の故障者(含・死亡者)があまりに多いので、そんな状況の中、とりあえず前線でちゃんと「働けている」ということ自体に、マジで感謝している
自分の体力気力が仕事(斜陽業界なので・・・)で使い果たされてしまってる感じで、そういう生活はヒトの生き方として良い事ではない、と分かってはいるのだけれど、そんな現状の中、同窓会出席に上京するのはちょっと難しいかも・・・というくらい激烈な環境の中にいる彼女が
多忙な中で「華音ちゃんのメールの文面に、私にとっての、すごく「心を打つ」ツボフレーズがあって、お返事をつい書いてしまった。今回のメールでもまた、「経験則」というイイ言葉に思わずまた食いついてしまい、またお返事を書かせていただいてます(笑)」とくれたmailto


一人一人真剣に迷いながら一生懸命長年生きてきたからこそ、
それぞれの「経験則」を今つかめてると思う。
ある年齢過ぎたら、「経験則」って、大いに信じたほうがいい、と確信している。
自分の「経験則」が全世界の全人類に援用出来るかというと、それは出来ないと思うが、自分の「経験則」を自分が信じて従うのは、凄く正しいことなんじゃないか(力説)

とあって、

トシをとるってことは中々いいもんですよね

と、結ばれたこのメールに
下手な悪足掻きして年齢遡らせるのではなく
齢を重ね、経験を重ねることを肯定的に、ありのまま受け止め
そして、なおかつ、どんな過酷な状況下にあっても
その中に光明を見出し、些細なことに対しても感謝の念を喪わず
前向きな探究心を失わない
そんな友人に囲まれていることを、またしても実感
これって、彼女の言葉を借りれば「僥倖」だと、こころから思う


そうね
もう、そろそろ自分の「経験則」を信じても大丈夫なくらい、アタシ達は生きた・・・かもね
それを他人様に”押し付ける”のは、単なるお節介爺婆だけど
自分が自分の経験則に則って生きることに
もう、そんなに不安がったり、怖じ気づいたりすること、ないよね

こういう、こころ奮い立たせる言葉を紡ぐことのできるひとって
すごいなぁ・・・って、改めて、自分の身近にいる人たちの素晴らしさを再認識する日々です

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