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2013年5月

船戸 与一 『蝦夷地別件』全3巻

阿弖流為に関する歴史小説を何冊か読んだ後、蝦夷に興味を持ち書名だけで図書館にリクエスト。51zb70bz6zl__sl500_aa300_
これが大当たり!!!

シャクシャインの乱(これについては、高校で日本史を履修せず、知らなかったアタシも、日本史を選択した娘からアイヌの英雄として名前だけは聞いていた)から120年。江戸時代(松平定信の時代)に起きたアイヌの蜂起の話。
ロシアの傀儡となっている祖国ポーランドの独立を目論むロシア政治犯ポーランド人貴族と、アイヌの集落(コタン)、アイヌからシャモと呼ばれる和人(日本人:大和民族)と、視点を変えながら物語が紡がれる。
それぞれの立場に応じて、文中に使われている単語の振り仮名がロシア語、アイヌ語になっているのが新鮮。
上巻には主として当時の蝦夷地(北海道)のありようとして、和人のアイヌに対する暴虐とアイヌの怒り怨みの蓄積の様が描かれるが、それは平安の昔の陸奥の蝦夷(えみし)に対する都人(大和民族)の言動と寸分違わない。
同じ作者によるものでもないのに、この一致は、人は歴史から何をも学ばず(と、いうか、その御代御代の権威に都合の悪い事象は”歴史”として残らないのだから学びようもないのが現実だろう)根本的に変わらぬ愚かな生き物だ、ということなのだろう。

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国後の惣長人が和人にもらった薬を飲んだ直後に死亡。

アイヌに鉄砲を渡し、ポチョムキンの南下政策を東征へと転換させようと目論んでいたポーランド人貴族マホウスキはポチョムキン暗殺に失敗し捕らえられる。
鉄砲(ルジョー)なしには和人との戦には突入できないと若い長人達を抑えるツキノエの元には鉄砲は当分手に入らないという情報が入り、アイヌの同胞(ウタリ)の怒りは沸騰し、ついに若い長人たちはツキノエを択捉に追いやり、その隙に蜂起する。

歴史の”流れが変わるとき”というのは、ほんのちょっとしたことが幾重にも重なった時、なのかもしれない。

上巻ではアイヌの理解者であり味方だ、爽やかな漢だ、と思っていた葛西政信の動きが怪しい。
一体何を目論んでいるのか???
すご~~~く嫌な奴だ・・・・。
しかし、彼もまた激動の時代の中、自らの意思を利用される殉教者なのか??

隣人(シサム)と信じていた和人(シャモ)に愛しいキララを奪われ、父と祖父、母と祖父の間に立ち苦悩するハルナフリが哀れ。
子どもはいつだって大人の勝手な都合を押し付けられる。
そこから学び、自分なりに考え、成長するものではあるけれど・・・・。

全三巻の長編小説の最終巻。51te2zrxywl__sl500_aa300_
アイヌの血の絶叫(ペウタンケ)とこころをなくしたハルナフリの遠い、凍てついた溟い旅。凄まじい復讐譚。
ハルナフリの変わりようが哀れ。

幕末の新選組の隊士や勤王の志士、坂本竜馬や中岡慎太郎そして、マラーやダントン、ロベスピエールにも、ローザ・ルクセンブルクにも感じることだけれど、彼ら、彼女たちは大義名分の為、歴史を、社会を変えようとし、そしてその”自分の行動のため”に自らの命を散らしても良いと考え、実際にその命を散らしたのだけれど、彼らが命がけで変えようとした社会や歴史、命がけで守ろうとした大義名分は、彼らによって変えられ、また守られたのではなく、その社会や歴史そのもののうねりの中に彼ら彼女たちは飲み込まれ押し潰されただけなのではないか。
人間の思惑や信条など、大きな歴史のうねり、時の流れの中にはほんのちっぽけなもので、そんなちっぽけなもののために策を弄しようとし、あたら命を縮め、多くの人から期せずして多くのものを奪う。
大義名分の為の人の営みは、尊いが、なんと哀れなものだろう。

大和朝廷の昔から辺境に追われ、蛮族、俘囚と扱われてきた陸の奥の蝦夷(えみし)と、江戸時代蝦夷(えぞ)と呼ばれ現代アイヌと呼ばれている部族とは、なんらかの繋がりがあるのだろうか??
また、熊襲や隼人など、古代少数民族(まつろわぬ民?)についての文献をもっと読んでみたいと思った。

熊谷 達也 『まほろばの疾風』

51dt2yy4stl__sl500_aa300_同じ作者の『荒蝦夷』と同じ題材(呰麻呂の乱と阿弖流為)を扱っているが、ストーリー建てがかなり違っている。

蝦夷についての公式記録は殆ど残っていないのだろうから、どんなストーリー建ても後世の想像力に委ねられ、自由なのだろうけれど、アタシは個人的には『荒蝦夷』よりはこちらのストーリーの方が好き。
この作者はよほど母礼を女性と見做したいのだろう。古代社会には呪術に秀でた巫女が国を治めるという卑弥呼のような例もあり、また、未開地にはアマゾネスなどの女性戦士も見られることから、そう考えても不思議はないのかもしれない。多様なストーリーが可能であるところが歴史小説の面白さかもしれない。
それでも高橋克彦の『火怨』には敵わないと思う。

結末がわかっているだけに、悲痛さを持って読み進めたが、ラストは『火怨』よりは美しい仕上がりになっている。

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