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2012年10月

湊 かなえ 『贖罪』

51y5d6u3nhl__sl160__2湊かなえ作品には子どもの育ちや教育現場の歪みが深く関わったものが多い。教育現場が親達や世間の圧力で大きく歪んでいるのは事実だし、子どもの育ちの責任は100%親にあるわけではないけれど、親の関わりや潜在意識が大きな影響を持つのは否めない。鋭い観察眼!

「親も(教師だって)人間だ」とか「反面教師になっている」とかいう言葉でうそぶき、子どもの”規範”となることを放棄している大人は、自分の醜さが子どもに与える影響を本能的に分かっていて自衛しているのかもしれない。

我こそは正しい大人の姿を子どもに示していると信じて疑わず、子どもにもそれを”規範”とすることを強いている大人は、子どもがそれをどんなに疎ましく思っているかに気づいていない。

だから、湊かなえ作品は、子を持つ者、子どもに関わる者にとっては自分の心の深淵を抉り出されるようで不気味に思えるのかも…。しかし、アタシ、随分湊作品には免疫ができてきたみたい。『往復書簡』の後の『贖罪』『少女』2冊は辛いかな~と思ったけど、取り敢えず「贖罪」は平気でした。

湊 かなえ 『往復書簡』

413jrwg7dql__ss500_『北のカナリアたち』の原作『二十年後の宿題』やはり、すごくよくできてる!!!先生にメッセンジャーを託された大場は『告白』のウェルテルってところか・・・・。

なんだか、これまで知っていた湊かなえの作品とは違い、救いのある読後感。そして、人が”事実”だとか”正義”だとか思っているものは常にその人が見る一面からのもので、事実には必ず自分に見えない側面があるのだから決めつけるなと、常日頃家族から言われていることを反芻した。

自分から見える一面を死守することに精一杯で余裕のないときは、他の一面を受け入れることはできない。
決めつけずに多面的に見、その人から見える一面に拘泥している人を許すことができるためには、自分に余裕と、人生におけるあらゆる側面を知る経験とが必要なのだと思う。
それがないのならば、自分は事実を多面的に捉えて公正な判断の出来る人間だ、などと思わないことだ。

Twitterより

twiterとこちらとを定期的に観てくれている友人から、「ブログに転載したら?ブログの更新がないと、ブログのお友達が淋しがるんじゃない?」と背中を押してもらい、久々の更新。

栗って結構高いので、買ってまでは食べ(られ)ない。でも、この季節、伯母が収穫し父が皮を剥いたものの一部を「〇子は栗が好きだから」と母が茹でて取り分けておいてくれる。毎年懐かしい故郷の季節便り。親って、そういうもので良いんだな…と思いつつ、我が子の一挙手一投足が気になる煩悩の秋。

黙って必要なものだけを差し出せば良いものを、要らぬ口出ししては疎まれる。親とは因果な生業よのぉ・・・・と自ら訳してみたりする。

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