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桐野 夏生 『グロテスク』

本当に「グロテスク」だった。 51dcmh1ezml__sl500_aa300_



事件が、事件の当事者たちや、事件を語る関係者たちの『負の感情』が・・・・

昨夏再審請求審を受けた東京高検のDNA鑑定で、被疑者の免罪、再審の可能性が浮上したことにより、再び私たちの記憶から呼び覚まされた『渋谷OL殺人事件』(私は殊更に上場企業名を冠する事件のネーミングが好きではない)をメインモデルとし、そこに『オウム真理教事件』の被告人と思しきモデルを絡めた長編心理フィクション。

アタシは”エリート”ではないので勿論体験しうるものではなく、その壮絶さは想像だにできないけれど、いわゆる”エリート集団(殊に、家柄・肩書き・資産などの先天的エリート)”の中で、厳然たるヒエラルキーが存在するのは、なんとなく想像できる。
その中に放り込まれた”亜種”がどれだけの辛酸を舐めさせられるか…も。

そのような中を生き抜くために、人はどのように精神武装するのか、を模索した実験小説だ、ともいえるだろう。

人間の「悪意」をとことんドライに晒す作風は、唯川 恵とこの桐野 夏生、ともに女性である作家たちに強く感じる。
その「悪意」という『負の感情』は、人が誰しも持っていて、でも、持っていることをひた隠しにしたいと願っているもので、それをあからさまに描き出されると、かすかな嫌悪感と共に「あ、アタシだけじゃないんだ」「アタシここまで酷くない」という二重の”安堵”を得る。
しかし、この作品の登場人物たちに付与された捻じれた感情は、凡人のアタシでは持て余すほど強烈で、だからこそ『グロテスク』に感じるのだろう。

個々人の”心の闇”なんか、結局はどんなにほじくり返し分析してみたところで、他人には結局解明はできないものだろうと思う。
だから、あーじゃないか、こーじゃないかと言われれば言われるほど、真情は闇の奥底に沈んでしまうのではないか?
でも、その闇を掬い取ろうという”好奇心”
これこそが、一番恐ろしくもグロテスクな人間の「悪意」なのだろう・・・・・。

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