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内澤 旬子 『身体のいいなり』

身体のいいなり

著者:内澤 旬子

身体のいいなり

読んだきっかけ:朝日新聞の購読者向けの月刊誌の読書案内で知って図書館にリクエスト。アタシの後にも予約アリ。延滞不可。

感想:しばらくご無沙汰だったヨガを漸く再開しカラダの変化を実感できた頃に読み始めて、読んでいる途中に田中好子さんのご逝去のニュースがあり・・・・
結構アタシ的には”タイムリー”な1冊でした。

アタシ、著者の内澤さんと同じ(!??)ように性格が悪く、性根が拗けているのか、闘病記からはどちらかというと距離を置きたい。
自他の痛みにものすごく弱く、他者の痛みにまで過度に反応してしまうのに
そこに、こんなに辛いんです、でもこんなに頑張ってます的な”わかって=同情して””泣いて=感動して”オーラが意識的無意識に関わらず透けて見えたらもう、たまらない
人の痛みなど、所詮その人が感じて欲しいようにはどう頑張ったって感じられない。
それと同様に、自分が自分の痛みや不快感を、自分と同じように感じて欲しい、共感して欲しい・・・と思い(思うのは勝手だけど)、それを話を聞く人や文章を読む人に感じさせるのは傲慢だと思っている。
黙って寄り添う・・・と言われるけれど、人の痛みを目の当たりにすると、”黙って”などいられない。
だけど、その人が望む言葉を望むタイミングで、きちんとその人を正しく癒すように掛ける自信など毛頭ない。

そんなアタシでも、全然違和感なくこの一冊を読了できたのは、著者が責任を持って、自分の痛みは自分だけのものと受け止め、決して痛みをダラダラと垂れ流すまいとしている覚悟の程が(しかし、全然肩肘張った感じでなく)伺えたからだ。
キレイゴトはナイ。だけど、泣き言もない(少なくとも、アタシには泣き言には見えない)
それは、自分の感情という材料を徹底して客観的に見つめ、よ〜〜〜く冷ましてから調理しているからだろう。

〈顰蹙を買うのを承知であえて言わせていただければ、生きてるだけで幸せだともまるで思わなかった。
決定的に不幸、というほどではないけれど、これだけ落ち着かなく不快な気持ちのままで、生きる幸せを味わう精神的余裕はなかった。不幸だと思い詰める余裕も実はなかった。自分を自己暗示にかけるのにも時間とゆとりがある程度必要だ。〉


あぁ、本当にそうだ・・・・と思う。
本当に人間としての余裕をなくし、キレイゴトも、わかって欲しいという意志すらも失くした極限状態をここまで赤裸々に、しかも見苦しくなく見せてくれた人など(物書き以外でも)これまでにあったろうか・・・・・・・・。
その削ぎ落としぶりが本当に潔くて、あぁ、とことん苦しめば良いんだ、逆にその方が美しいんだ・・・と、なんだかちっちゃな自分に救いを見出した気分。


〈私のように意志ばかり肥大させて生きてきたような人間には、それはちょうど良い体験だったのかもしれない。独立した存在であるように思っていた精神も、所詮脳という身体機能の一部であって、身体の物理的な影響を逃れることはできない。私はそれをあまりにも無視していた。〉


あぁ、内澤さん、ありがとう♪ヽ(^o^)丿♪
私はこれで、病むことも、滅入ることも怖くなくなったよ・・・・とまでは言えないけれど、でも、少なくとも、自分の”病”を”痛み”を、今までよりは肩肘張らず気負わずに受け止められるような気がするよ。

頭でっかちで見栄っ張りのアタシには、本当に有用有効な処方箋でした。

おすすめポイント:涙絞る闘病記をお望みの方にはオススメできません。
ある意味すっぱり、のたうっても生きるっきゃない、と覚悟を決めた人には大いに示唆するものアリ!

所々、汎用できる事実なのかこの人個人の主観なのかギモンに思うところもないではないけれど、癌治療に掛かるお金のことも具体的に書かれているので、ホントのところ知りたいのはそこ!という感じでした。

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