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客観的に言って

公立高校の入試は、学習指導要領の範囲内でしか出題できないわけだし
よほど”授業が成立しない”ほど荒れている学校ならいざ知らず
おネエの通った国立中でも、チビが通っている地域の公立中でも
学習指導要領の範囲内の授業はちゃんとやってくれている
要は、その子が授業に集中して理解しているかどうか
まぁ、授業の不味い教師も中にはいるけれど
それを100%カバーできる塾や塾講師ばかりではないと思うし
学校の授業に集中できない子ども、学校で積極的に質問し疑問を解決できない子どもは
個別指導ならまだしも、一斉指導形態であれば、塾でも同じ、だと思う
塾に行けばなんとかなる、と思うのは親の都合の良い幻想だし
本当に塾だけで”何とかなる”子どもであれば、親だってちゃんと”見返り”があるのだから、塾への投資を(精神的に)負担に思う理由もないのでは??

公立高校の入試には、内申点を採用するところが多いのだと思うけれど
平生の授業をきちんと聞いていて得点できないような試験問題を作って
それで塾で”問題演習”している子が有利になるようなら
それは授業の内容と試験問題とに乖離があり、問題作成に問題あり
また、塾の強みは”情報力”と”分析力”
各中学の定期試験の過去問などを収集して配布しているような塾も多いやに聞くけれど
それが功を奏しているとすれば、毎年同じような問題しか作っていない学校の教師の怠慢
塾に行かせるより先に、学校に不服申し立てをすべきだし、それをしたくないなら自力で過去問を入手する努力をするか
それもできず塾に救いを求めるならそれは”必要経費”でしょ
(しかし、過去問がそれほど”重要”だとも、諸々のこれまでの経験では思わないけれど・・・・)


要は、自分の能力と適性に応じた公立高校に進学する、ことに関して
塾は必ずしも必要ではない、と
自分自身と子ども達の経験、実態からそう結論付けられる


コイズミ内閣以来『自己責任』が流行語になった感があるけれど、『家計の配分』こそ『自己責任』の最たるもの 能力以上の学校に入れたい、とか、(学習指導要領を度外視した)特別な受験対策を必要とする私学の進学校に入れたい
というのであれば
それは、学校では得られない付加価値を求めて”自ら選んで”塾に行っているのだから、そこに”公的な助成”を求めるのは筋違いだし
我が子の能力以上の見返りを求めて、100%を望むこともまた
無謀だ、といわざるを得ない(”期待”することは”悪いこと”だとは思わないけれど・・・)

学校になくて塾にあるものは
「情報」と「分析力」
そこを自力でカバーできない、または、自力で得られるもの以上のものを得たいと思うなら、塾は”必須”になるのかもしれない

それは、高校に入ってから、大学進学に向けての準備にも同じことが言える、と思う

さぁ、うちの愚娘たちはここまで塾のお世話にならずに部活、友達づきあいなど、それぞれの年代相応の学生生活を満喫しながら中学、高校の2年間をなんとかそこそこやってきたけれど
(塾通いしている同年代の子達が)塾にかける時間とお金を、
それぞれの成長過程と興味関心、能力に応じて
それなりに有効に使ってきたと思うし
我が家の基本方針として、能力と努力以上の『結果』を求めようとは思わないから
親のアタシ達になんの悔いも申し訳なさもないけれど、いよいよこの春からは名実共に”受験生”
この先、進路選択に何を求めるのだろうか? 塾を必要とするんだろうか?
彼女たちの進路にとって、本当に必要であれば、そりゃ、『負担でない』といえるほど、うちは経済的に余裕はないけれど、それでも四の五の言わずになんとしてでもそれだけの費用は捻出するのが親の務め、だわね

http://mainichi.jp/select/today/archive/news/2010/02/20/20100220k0000e040017000c.html

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