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崔 善愛『父とショパン』

父とショパン 

著者:崔 善愛

父とショパン

読んだきっかけ
私が著者を知ったのは、彼女のCD『ZAL(註:Zの上に「・」。ジャルと読む。ショパンが自身の心の奥底にある情緒を表現するのに用いたポーランド語だそうで、悲哀、哀しみ、悔い、本来あるべきものが亡くなった時に感じる感情のことだそう)』で初めてであり
名前から韓国人と察せられる彼女が、日本生まれの在日韓国人2世であり
「指紋押捺拒否裁判」の被告であり
「再入国不許可取り消し訴訟」の原告である
ということは、この本を読んで初めて知った

感想:
「音楽家として生きようとするならば、誠治を語らずピアノに専念した方が良いのでは?」と暗に言われたことが何度もある

と、著者は語る


ショパンやラフマニノフ、ホロヴィッツやブーニン、傅雷(ツー・ツォン)などが故国を離れた音楽家だということを知ってはいても
パリのショパンにはジョルジュ・サンドとの愛の生活を強く喚起し
ラフマニノフの「鐘」にはクレムリンの鐘を感じることはあっても
その奥に踏み込んでいくことはなかった

音楽家としての著者が、ショパンの語った「ZAL」を巡って「国外逃亡者」であるショパンへの思い入れを語った、ショパン評か・・・と思っていたのだけれど、さにあらず

全体の2/3は「父(と私)」そして、残りの1/3にショパンをはじめとする”民族、故国への想い”を強く持つ音楽家たちを列記した
人権とアイデンティティを語るエッセイだった

ショパンのマズルカはポーランド人にしか弾きこなせない・・といわれるそうだけれど
母が得意としたマゾフシェ地方のポーランド民謡(マズルカ)を、他のジャンルの曲と比して生涯でもっとも多い59曲作曲したショパンの哀しく狂おしいまでの望郷の想いは、ヘルマン・ヘッセをして、彼こそショパンを正しく演奏できる唯一のピアニストであると言わしめた傅雷には解され、それは故国中国を捨てアメリカに亡命した傅雷の生き様と無縁ではないのかもしれない

音楽家は音楽でもって、自身の心情を表現し、多くの人に伝えようとする
と、同時に、音楽の限界を知るからこそ
音楽以外の言論活動で、音楽では伝えきれないものを伝えようとされるのかもしれない

音楽作品をなぞる時
単に譜面をなぞり、倣うだけでなく
音楽に籠められた魂を”汲み取り””表現し”て、二次的に伝えてゆくこと
それが「演奏家」としての技量であり、使命なのだろうな・・・と
「演奏家」には程遠く、また、それほどの気概も持ち得ない
単なる「愛好家」のアタシなどは思うけれど
でも、作品に秘められた心情や背景を知って奏でることは
単なる「愛好家」の演奏にも、大きく左右するのだろうな・・・と思った

おすすめポイント:
純粋に音楽の本、と思って手に取られると
ちょっと面食らうかもしれません
ピアニストとしての崔さんの背景を知るには最適

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