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2009年10月

誘惑

秋って”ご飯”がおいしいのよね
夜は炭水化物を抜くことにしているアタシにとって
おいしい”ご飯モノ”を作るのはものすごい誘惑との戦いを意味するのだけれど
アタシの都合に家族を合わせるわけにはいかない
美味しいモノはおいしい時期に食べなくちゃ!!

・・・と、いうわけで
今晩は作っちゃいました
「里芋ときのこの秋の炊き寄せご飯」

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はい・・・・sweat02sweat02sweat02
誘惑に打ち克てませんでしたwobbly

この季節
さつまいもご飯にとろ~~り鶏そぼろあんかけご飯とか
栗ご飯(これはうちの家族たち、あまり喜ばないので、帰省した時に実家の母が作ってくれるのを愉しみにするのだけれど・・・)
ちょっと贅沢に松茸ご飯とか
とにかく新米と秋の収穫物の取り合わせの良いこと。。。

秋鮭と蓮根の南蛮漬けと一緒に
美味しく頂きましたww

今夜はちょっと多めに歩かなくちゃねrun

米原 万里 『オリガ・モリソヴナの反語法』

オリガ・モリソヴナの反語法

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著者:米原 万里

買ったきっかけ:
新聞の書評だか書籍案内だかでみて

感想:
私はなんて世間知らずだったのだろう・・・

スターリンの恐怖政治、天安門事件・・・・
現代史でその『事柄』を知ってはいても
その内容について、ナチスのユダヤ人迫害ほどに理解してはおらず、いや、理解しようという気もなく、言葉をなぞっていただけに過ぎなかった・・・・


ベルリンの壁崩壊後に初めて渡欧して以来何度か東欧をも訪れたけれど
そのたびにものすごく慎重になるツレアイのことを「石橋叩き過ぎ」と揶揄していた私は、なんという脳天気だったのだろう
『プラハの春』を描いた映画『存在の耐えられない軽さ』など、見ていたはずなのに、一体何を見ていたのだろう???


最初は「へぇ・・・」という感じで、”魔女のような”オリガ・モリソヴナのエピソードを追っていたのだけれど、すぐに惹き込まれ、先が待ち遠しくなり、姫路への往復の5時間と、通勤の行き帰りのバスの中の数十分に加えて、帰宅して一気に読了してしまった

最初は寓話の体を取りながら、これは見事な社会派小説であり、歴史小説
これから世界史を学ぶ娘に勧めたのは言うまでもない

おすすめポイント:
本当の「世界史」の学びは、歴史の教科書などではなく、こういう作品で辿る方が、ずっと心に残り、真実をもっと知りたくなるはず!

実りの秋

郷里の後輩にお声を掛けてもらって
昨日、二胡のコンサートに行ってきました

http://www3.ocn.ne.jp/~bunka/caspa/chen-min.html

後輩は、アタシがチェン・ミンさんのCDを持っていることをご存知で
お声を掛けてくださったのだけれど
CDは1枚持っているけれど
二胡を生で聴くのは初めて
二胡を実際に見るのも、初めて

中国の伝統的な曲は勿論
日本の歌や、タンゴ(『リベルタンゴ』)クラシックの名曲をモチーフにしたオリジナル曲(『Phoenix』の主旋律は、『悲愴』の二楽章じゃなかったか???)、ジャズのスタンダードナンバー(『As Time goes by』)など、自在にジャンルを越えて、でも原曲の良さを歪曲せず、二胡の持つ哀愁や優しさを生かした演奏はさすが!!
そしてまた、同じ弦楽器だからか、ギター、チェロとの音の相性も抜群!

私の好きな『蘇州夜曲』や『燕になりたい』、2年前の大河『風林火山』のエンディング「風林火山紀行」のBGMである千住明さんの『異郷情』
そしてこれまでのアルバムから『Feel the moon』や『歳月如夢』など
どれも柔らかく、ときに情熱的に、また『Asian Waltz』などはギター・チェロとの掛け合いもとても楽しげに2時間のコンサートがあっという間

中でも私が一番心震えたのは
出産を前に彼女が作曲されて、お産の時に30時間流し続けていらした・・という『相逢』
そして、この曲に彼女自身が詞をつけられたのが『あなたと生きてゆく』
今回「CDで歌っちゃいました。せっかくだから・・・聴く?」とステージでも生で歌われたのだけれど
声の質といい、歌い方といい中島みゆきさんの『夜会』の雰囲気!!!
とっっっっても、素敵でしたww

いつだったか、今井美樹さんもインタビューで
「子どもを持ってから、歌に籠めるメッセージとか、歌に向き合う気持ちが違ってきた」と仰っていたけれど
なんだってそうなんだろうけれど、音楽もやはりその人の”生き様”をそのままダイレクトに反映するので
母になったアーティストの作る作品、表現は
本当に優しく、愛に満ちたものになっているのがわかる

チェン・ミンさん
すらりとした長身で、赤いチャイナと白い細身のパンツも
上下黒の少し裾の広いパンツスーツも
とっても似合ってらして
本当に素敵でしたshineshineshine


コンサートの前の和食のランチもとっても美味しくいただいたし
素敵な一日に誘ってくださったお友達との時間は
本当に実りあるものでした

森見 登美彦 『宵山万華鏡』

宵山万華鏡

著者:森見 登美彦

宵山万華鏡

買ったきっかけ:
森見登美彦、そして祇園祭とくれば、これは読むっきゃないでしょうw

感想:
まずはこの表紙の少女マンガチックな装丁に度肝を抜かれました
『夜は短し・・・』のクラシカルな装丁は結構好きだったんだけどな
これはもう、まさに”頭の天窓の開いた”森見worldを余さず表現してる・・・って感じ

そして、この掌編集はみんなでひとつのお話、ひとつがみんなのお話
ぐるぐる回って次に繋がる
このお話の世界はこのお話の世界の中だけでずっとぐるぐる回り続けて完結する
これまでに私が読んだことのある森見作品のどれにも通じている気がする

現代の京都の街を”あやかしの街”だと感じたことはなかったけれど
でも、考えてみれば小路のいたるところに小さな祠があり
道行く地のおばあさんが立ち止まって手を合わせていたりするから
昔から脈々と、神仏と人間とが”共存”している街なのだ・・・ということを思い起こさせられたりする


京都という街は
カンサイジンの私には、”いつでも行ける”近しい街、であるはずなのに
つい先年まで祇園祭には行ったことがなく
そして、一度行くと”わざわざに電車に乗って”毎年訪れたくなる
ん〜〜〜、確かにあの祇園囃、そして宵山のさざめきは”魔性”かもしれない
京都に生まれ育ち、京都を離れたものにとっては

観光客で混み合う宵山の時期を選んでわざわざ帰る理由もなく
もうたくさんだ

と思いながらも
それを千年の昔から毎年毎年絶えることなく繰り返している
それは、人間の歴史を俯瞰すれば
”毎日が宵山”の中に封じ込められた世界、だと言えなくも、ない

奈良出身でありながら、こんなにも京都に拘って作品を紡ぎ出す著者にとって
やはり京都は”いつでも行ける近しい街”でありながら
とらえどころなく、懐深くを見せてはくれない”あやかしの街”なのだろう
そう、京都とは、そういう街だ。。。。。

おすすめポイント:
ガチガチで頭に天窓開けた〜〜〜いっていう方にお奨め♪

福田 誠治 『子どもたちに「未来の学力」を』

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教育関係者や教育にちょっと関心があり常に情報を得ようと意識している人間ならば誰でも知っている日本教育の沿革が
わかりやすくまとめられている
と思う

・ 「質の高い教育」というときに、日本の場合、大人が決めた尺度における序列の高さでしか判断していません。
・ 結果的に一部の能力しか測ることのできない単純な尺度でしかないので能力開発が押しとどめられてしまう。
・ 日本の学力観は、能力の質自体を高めようとしている国際的な競争社会には、適合していない。一律に学び、国内で序列をつくっていては、国際経済のスピードや変化にはついていけません。
・ 教師の仕事は、「子どもたちをやる気にさせ、その意欲をいかに持続・前進させるか」ということで、答を教えることではない。

なるほど、正論!!!

しかし、(日本の施策っていつもそうなのだけれど)、ここのこういう制度が良い!!からと言って、それをそのまま持ち込み、ただ”猿真似”したところで、根本的な解決には繋がらない

民主党は、教員免許懇親講習を廃止し、その代わりに教員免許取得の条件に大学院修了を義務付ける・・・としている
確かに、フィンランドではすべての教師が修士号を取得することが要請されているらしい
しかし、それだけではなく、教師は就職後も常に学び続け、新しい教育思想や教育方法を探究し続ける自己研鑽能力と意欲とを求められている

現職教員からの不満の多かった更新講習を撤廃し、これから教員になる者の資質を高める・・・・
なんか違うんじゃない??
長く学べばそれだけ教師としての資質が高まるのか?
研修年限云々よりは、その人の資質、適性が大きくモノを言うのではないか?
教員採用のあり方そのものを問い直すことの方が根本的解決に繋がるのでは??
教師は、なってからの自己研鑽能力、意欲こそが大事なんじゃない??
勿論、現職の教師は皆さん、現状でも様々な研究組織に所属し自己研鑽を深めてはいる
そんな先生たちが、「更新講習」が義務付けられると抵抗を示すのは何故??
確かにアタシは”拙速”で、無駄金使っちゃった一人、ではあるけれど
更新講習、それはそれで、自分からは着目しないようなところにも目を向けさせていただける、いいきっかけにはなった、と思う

更新講習を無くす方向ではなく、講習成績を点数化し、篩い落とすのではなく、現職教員が自己研鑽にもっと時間を費やせるように教師の職務をスリム化し、また誰もが無償で、必要な研修と、望む研修とを受けられるような経済的なバックアップが必要ではないのか?

今、日本の教育界では、教師の職務は教師が決められるものになってはいない
教師の職務を肥大化させているのは”社会のニーズ”であり”その社会に生きる親のニーズ”である

『学校は人間を育てるところ』という教育の本質が、親や、親である大人を単に”労働力”として取り込みたい資本経済社会の良いように解釈され、本来ならば家庭教育で培われるべき人間としての基礎ができていない子ども達が”学校教育現場”に放り込まれる
充分に子どもに掛けるべき時間を、経済活動に取られ、丸投げ外注している親が多くはないか?

『学校は人間を育てるところ』ではあるけれど、”人間を育てるところ”は学校が必要充分な場ではなく、『学校も人間を育てる場の一つ』である、という正しい読み取りが為されていないがために、学校以外での人間教育の機能を、家庭や地域社会が喪ってしまっている
「家庭でできないことは社会全体で受け持つ」ことは「家庭でしなくても良い」ということと同義ではない、というごく当たり前のことが、日本の知識人や一般市民に浸透していない
それが、日本とフィンランドとの大きな違い、なのではないか?という推論は成り立たないか???
「教養」の違い、とは、そういう「良識の浸透の度合い」の違い、ではないか?

何かの「短所」をあげつらうことは簡単で、それに対する「対策」を論ずることこそが難しい
良い、ともてはやされるものをそのまま持ってきて旧来のやり方と挿げ替え、根本的な見直しをしない『洋頭和肉』よりも
良い、ともてはやされるもののどこが良いのか、何故良いのか、それが現状、実態にどう生かせるのかを考える『和魂洋才』が必要ではないか??
PISAの学力調査の『結果』は、それだけをみれば、順位付け序列の好きな”競争原理”に慣れきっている日本国民、日本社会には衝撃的だけれど
従来型の日本の教育は、「突き抜けてデキル子ども」を頭打ちにしたかもしれないけれど、国民のレベルを総じて向上させ、もとより勤勉で画一的な民族の資質に相俟って日本の高度成長を支えた
そこを踏まえ、日本社会、日本民族の特質を生かしたお手製の教育改革こそが必要となろう

「村を育てる学力」を主張した生活綴り方の東井義雄を輩出した兵庫県の村からは、百ます計算で村の子ども達を東大へと送り出し(!???笑)「村を捨てる学力」を伸ばし、自らも村を捨てた陰山英男を輩出した
そういう教育を支持し、もてはやしたのは他でもない競争社会に狂騒する日本社会なのだ

著者は
・ 教育の中立性を保つためにも、政治・行政の介入から、教育内容を守る必要がある
・ 「テストで高い点数が取れることは、人間の価値のほんの一部でしかない」と断言できる教師であってほしい
と述べる

多すぎる労働時間に疲弊し、自らの健康と生活とを守ることに主眼が置かれている(かのように見える)教職員権利団体が、政党の一大支援団体になるような現状はいかがか?
政治と教育とは持ちつ持たれつ、でよいのか?
教育に限らず、どんな職種においても、組織が政治に及ぼす影響は小さくはナイ
マクロに見れば、お互いに独立し、こころある現場の人間が、正しく現場の現状と進むべき道とを提言できる
そんなクリアな社会構造ができるべきであろう

また、
・ 親には「自分の子どもは自分で育てる」という深い自覚が必要
・ 親が子どもの学びに、日常的に関心を持ち、家庭にも学びの環境、雰囲気を作ることは非常に重要なこと
とも著者はいう

ミクロに見れば、親の意識改革
隣の子どもに比べてうちはどう、というのではなく
うちの子は2ヶ月前に較べてこれだけのことができるようになった
という視点が大切だし
誰それがああしてくれないこうしてくれない、という前に
自分たちでどれだけのことができたか、と問い直し
うちの方針はこうで、これだけのことができたから、それで良いと胸を張れる親の姿勢は、子ども達に大きな安心感と自信を与えるに違いない

子ども達に未来の学力を与えられるのは
”誰か”ではなく、今社会を中心になって担っている
子ども達の親世代のアタシ達国民すべてに掛かっている
そんな、悲観すべきことばかりでもないんじゃないか??

たまには・・・

「お勉強」の話を・・・・


2008年の灘中(アタシの出身中学も同じ名前ダケド、そことは所在地もレベルもまっっっったくベツモノの、あの、”天下の灘中”)の入試の小問に

1個66円のかきと、1個35円のみかんを合わせて3890円分買った。このときかきは(①  )個、みかんは(②  )個である
①、②に当て嵌まる数を答えよ

というのがある


これを”時間あれば解いてみて”とBOSSから問題を手渡され
帰ってチビとお昼食べた後に取り組んでみた

勿論、解けはしました・・・・・が、解き方がわかればあとは計算していけば良いんだけど
これ、計算が得意でないアタシは、計算にすごい時間取られるbearing
こんな問題は序の口で、これ以上のレベルの問題を限られた時間内にいくつもこなさなければならないのだから、そりゃ、数学的センスは勿論のこと(っていうか、こういうの解ける子、っていうのは、もう、こんな問題をいくつもこなしてパターンとして引き出しに持ってるのかな??)求められる計算力(処理速度)も並大抵でない

アタシはズルして計算機使っちゃいましたが・・・・ bleah


試しに数学はそこそこ好き(得意、ではないみたいだけど)な中2のチビと、数学が大の苦手の高2のおネエに振ってみたら
二人同時に「ⅹとyとで連立方程式で解く」という

しか~~し、この問題では定数が足りなくて、連立はできないんだなcoldsweats02


ちなみに、偏差値の低い中学の入試では上記の問題が

1個66円のかきと1個35円のみかんを合わせて89個買って、代金を3890円払いました。かきとみかんはそれぞれ何個ずつ買いましたか

という風に変わるらしい
確かに、これであれば、娘たちの言う通り、連立方程式を立式して簡単に解ける指でOK


そりゃぁ、これだけの条件で解決の糸口に気付き、二桁の掛算と割算とをスピーディーにこなす小学生・・・・そりゃぁ、ちょっとそんじょそこらのジャリガキとは違います
それって、トレーニングで身に付くものだろうか??
また、センスのなさをトレーニングで補うことに時間を費やす小学生時代って、どうなんだろう??
そう思ったらやはり”分相応””適材適所”
うちの娘たちはまぁ、学齢相応に、学習し習得したことを間違いなく使いこなせればそれで良いかな・・・と思えば
やはり公立中高、国公立大学でこつこつと勉強してもらいましょう。。。。ということになるね

秋の日にもの思ふ

ここ数日で、対照的な母の物語を鑑賞した

http://kanon1211sukefuji.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-bf2c.html

http://kanon1211sukefuji.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-c360.html

母として
我が子に懸ける想いや願いは
誰しも、海よりも深く、山よりも高い(はず・・・それを秘匿するか誇示するかの違いはあれど)

それを子どもは
その子の個性や感性に応じて、様々に受け止め、反応して
人格を形成しながら長じてゆく

それは、親と子どもとのマッチングであり、相性であり
だから育児に”サンプル”はあっても”お手本”はない
だけど、その”サンプル”の中にヒントがあることも
これまた真実

どんな親でも、一番の願いは
子どもが健やかに真っ直ぐに生きてくれること
この根本のところが保証されていなかったら?????

人にはその人が乗り越えうる以上の試練は与えられない、という
それは、ある意味真実
だからこそ、子どもは”選ばれて”この世に生を受ける・・・ともいう
しかし、”試練”とは乗り越えるばかりではなく、中に稀に”受け入れる”しかない、ものもある

受け入れられるか否か
それも、その人の器に応じて与えられるのだろう・・・・とも思う
しかし、同じ”受け入れ”るにしても、それが”生”に向かうものと”死”に向かうものとでは
受け入れる者の負担には大きな差が生じる

辻井いつ子さんと、キャメロン・ディアズ演ずるサラ
どちらも気丈で、パワフルで、一生懸命で、決して諦めない”強い母親”
いつ子さんには、そのパワフルさの中にも、気負いのなさが突き抜けていて呆気にとられる(それが彼女のポーズ、だとしたら、アタシは体よく彼女の術中にハマっているわけだけれど・・・)
サラの一途さは、もうガチガチで、家族は勿論、観客のこちらまでもが息苦しくなる
そして、その一途さ故に、子どもの気持ちを見落とし、家族を混乱に追い込んでいる独り善がりの哀しさ
しかし、”そりゃ、そうなるよな~~”と共感したのはサラに、だった

子育ての悩みは本当にひとそれぞれ
人から見れば”そんなことくらい”という些細なことでも
それぞれの器によっては大きな壁
それを”乗り越え”あるいは”受け入れ”る時に
いろいろな母親の姿、は解決策を示してくれはしなくても
自分の足元を照らす確かな灯りにはなる
そんなことをあれこれ思った秋の一日

辻井 いつ子 『今日の風、なに色?』

まずは、この著者はとても正直な人だなぁ・・・という印象 416aq958b7l__sl500_aa240_

妊娠しても手放しで喜ぶという感じではなく、出産までの間にご主人と”やりたいことをやっておこう”と思われた
とか
自分の子どもは良いけれど、他所の子どもの面倒を観るのは嫌、だとか
髪振り乱して生きるスタイルに反発があるだとか
そうありたくてもできないでいる人たちのことを考えれば普通は公の場で表現することは憚るだろうというところに屈託がない

そんな”恵まれているゆえの大らかさ”を持った”気儘なお嬢さん気質”の著者の元に授けられた盲目でありながら溢れる音楽の才能を持ったお子さん
そのお子さんが、見事にその才能を開花させられ
”盲目の”という冠詞がつくからでなく、本質的なところで認められるに至っているのは
彼女のこの天真爛漫さと、ナニモノをも恐れぬ行動力、与えるならば良いものを!という揺るぎのない貪欲さの賜物だろう


この著者も書いていらしたけれど
様々な困難を抱えたお子さんを育てていらっしゃる方の”体験談”とは
子どものために如何に自分を犠牲にして誠心誠意尽くしているか
世の中がいかに生き難いものか・・・を前面に押し出したものが少なくはない
そういう苦節譚に後に続くものが励まされるだろうか
親の苦渋の上に、子どもの心からの満足が成り立つものだろうか

確かに、この著者は経済的にも、周囲の援助にも、そして子どもの才能にさえも恵まれてはいる
だけど、もとよりさして子ども好きでもないところへ、生れつきハンディのあるお子さんを授かり、語りつくせぬ愁嘆場は潜り抜けているはず・・・であるにも拘らず
彼女の筆致は明るい
勿論、公表に際して、明るい部分を取捨選択している・・・という
彼女なりの意図もある、と思う
そして、そういう彼女だからこそ、お子さんの才能を伸び伸びと伸ばすことができたのだろう

それと、彼女はただ自分の欲望に正直なだけでなく
物事に対して非常に客観的な視点を持っていて、単に”ハンディキャップを持った我が子を不憫がる溺愛型の母親”ではない
それは、乙武君の著書に見られる彼の両親とも共通している

子どもに愛情を注いで悪いことなど何もない
だけど、愛情と共に、子どもに対する冷静で客観的な判断力こそが
子どもを伸ばし、自立へと導く
音楽に興味があるようだから・・と単に音楽と子どもが好きな先生に付けておこう、というのではなく
タウンページで芸大出身の先生を探すバイタリティと確かな(多分に直感的な)判断力
「天才少年ピアニスト」と呼ばれる我が子がプロから褒められることを手放しで喜びつつ
しかし
”これくらい弾ける子どもはいくらもいる。この子の才能、この子らしさを押し潰さぬように、しかし、子どもの頃にちやほやされたことで後々冴えなくなる天才児もまた少なくない。音楽で人に認められ、仕事ができるようになるには、まだまだ困難な道のりが待っている”
それをご主人と共に、しっかりと自覚し、そこへ踏み込んでいくには自分にも覚悟が必要なことも(正直な方なので、正直にその戸惑いを表出されてはいるが)理解されている

この母にしてこの子有り、なのか
この子にして(どんなことがあっても自分自身が切れないようにするためには、むしろ一歩引いて客観視する態度が必要です。知らず知らずのうちに、私にはそういう態度が身についていたのかもしれません。という件にはものすご~~~く共感!!)この母あり、なのか

この本の初版が2000年
ヴァン・クライバーンコンクール受賞を機に、また彼が注目を浴び、私も初めて彼のことを知り、ピアノ愛好家の方のレビューからこの本を図書館にリクエストして読んだのだけれど
このお母さんの”自分も大事にしたい””盲目の、ということが売り文句にならないピアニストに育てたい”という気持ちが9年後の、”今の彼”を育て上げたことは、間違いがないだろう

『私の中のあなた』

前期末試験が終わったおネエと観に行きました (http://watashino.gaga.ne.jp/

「この秋、あなた史上最高の感動作」だったか「あなた史上最高の涙を流す」だったかのキャッチコピーだったけど
このキャッチ、決して言い過ぎ・・・ってこともなかった
おネエは「泣き過ぎて頭痛くなった」と言ってました


「私の体は私のもの」「私の命は私のもの」
それはものすご~~~くよくわかっている
だけど・・・・
我が子の命を救うために、可能性があるのならどんなことでもやってやりたい・・・って思うのは親の、とりわけ母親のそれはもう悲願
その”(母)親としての想い”が”我が子の願い”とぶつかった時・・・・・

いやぁ、もう、ものすご~~~く感情移入しました
・・・って、おネエは白血病のケイトに、そしてアタシはやはり母親のキャメロン・ディアスに
第三者として冷静に考えれば
「子どもの気持ち、汲んでやれよ」「子どもを自由にしてやれよ」「親だからって、子どもの想いをないがしろにはできないでしょう?」そう思うけれど、やはり、母親として”諦められない”気持ち
それは自己満足なのか?エゴなのか??と突きつけられたら、ものすごく胸が痛い

この家族が最後まで壊れないでいたのは
母親の健気さ、ではなくて、父親の常識、客観性の賜物だったのだ・・・と
母親の愚かしさを突きつけられた感じはあったかな
ま、それを自覚するところから、家族が母親だけのものでなくなる、のだろうと思う

神様は乗り越えられない試練は与えない・・・というけれど
「試練」って”乗り越える”ばかりでなく、時には”受け入れ”なければならないものもあるんだな・・・と
そこ、頑なになってしまうと、単なる自己満足を通り越して、相手の気持ちをないがしろにすることにも繋がってしまう
なにを”乗り越え”て、なにを”受け入れ”るべきなのか
多分それは、すべての人々に、なんらかの形で、いろいろな場面で試されること、なのだろう

ケイトが作ったスクラップブック
アメリカ人らしく、自由で、ユーモアのセンス溢れていて素敵
こういう形で感情表現できる人たちをすごい、って思うし、羨しい・・・とも思う

アナが主人公みたいに予告では紹介されていたけれど
ジェシーもすごぉ~~~~~くいろんなこと、我慢したり、乗り越えたりしていたんだよね
ジェシー役は、もし邦画版を作るなら三浦春馬君だな・・・と思いながら観てました

ホント、それぞれがとっても正直で、そうでありながらお互いを思い遣っていて(そんな中でキャメロンだけがなんだか浮いてしまうんだけど・・・でも、そんな母親のこともみんながちゃんとわかって認めてて)素敵な家族
家族って、一人ひとりがお互いを思い遣るのと同時に、決して自分を偽らない、正直さがなければ続かないね

真保裕一 『アマルフィ』

アマルフィ

著者:真保 裕一

アマルフィ

読んだきっかけ:
映画が封切られる少し前に図書館にリクエストしたけれど
やはり、予約がいっぱいで映画観ちゃった後に回ってきました

感想:
これは・・・・
この原作読んでから映画観たら、ガッカリしてしまったと思う
映画化されたものには多いんだけどね


何故『アマルフィ』なのか
この作品の主眼となる、痛々しいほどの想いが
そして、アマルフィの街の本当の良さが
映画では残念ながら活かしきれなかった

まぁ、TV局の開局記念映画なのだから、邦人俳優をたくさん使わなければならないし、邦人俳優が目玉にならなければならないのだろうけれど
だったら織田裕二と天海祐希そして、戸田恵梨香だけに集約しても良かったのではないか・・・・


ヤクニン根性や組織の理論が痛快に斬り捲られていて爽快だし
プロットもよく練られていて破綻がなく、とても面白い
ただ、、、、
紗江子の強靭さだけが常人を超えていて、黒田が何度も感嘆する”大した女性だ”というだけではカバーしきれない嘘くささが残るのだけが玉に瑕
ま、そうでもしないとスピーディーに話が進まないのだろうから
それも必要条件か・・・と

まどかの表情を解決の糸口に使っただけあって
それは映画の方がより自然な描写だったかな

おすすめポイント:
映画を観られた方は是非こちらの原作の方もお読みになることをお奨めいたしますww

ガッカリデ~ス

先日届いた試写会の招待状
1309717989_145 応募したことも忘れてしまっていたんだけど
夏にアメリカの街のいたるところでポスターがあったらしく
「おかーさん、こんなん応募してたん?これって、原題『Traveler's wife』っていうねんで~。それがなんでこんな日本語になるねん?んで、おかーさん『Traveler's wife』なんか観たいん?」と娘たちが大ウケしていた
子ども達も観たがっていたけれど
おネエは振休の後、まだ1日試験が残っているし
チビも明日から中間試験一週間前
それに、これって1枚につき女性1名だけやし・・・
おかーさん行ってきたら???
と、いうので、じゃ、都合つけてまた一人で行かせていただこうか・・・と思っていたんだけど
あちゃ~~~
夕方はピアノのレッスンだわ
もう、こんな迫ってからの変更は無理だし
せっかくひっさびさに当たったのだけれど、涙を呑むweep



そして、今週末、ママ友達がアタシが以前行って紹介したブログを読んでくださって
「行ってみたい!」と仰っていた京都の不思議空間カフェに行く約束だったのだけれど
職場の行事のため授業なしで1日お休みになるはずだったアタシ
昨日付けで学級閉鎖が2クラス出てしまったため、行事は中止
その日は平常授業(オマケに夕方の補習まで)

このママ友たちとのデートの約束はこれまでずっと、お嬢さんの学校が学級閉鎖になった方がいらしたり、じゃ、次、と決めていた日は、別の方のお嬢さんが新型インフルエンザに罹ってしまわれたり、そして三度目の正直の今回も、案内役のアタシが行けなくなってボツ
pigフルにとことん邪魔立てされてますdown

な~~んて、あんまり悠長なことも言ってられない感じですね

と、思っていたら・・・
不調・・・・
こりゃ、運気の下降downの兆し???


今日はおネエが12日の振休なので
お弁当いらないし、朝出るのはチビとアタシだけだから
7時前まで寝られる~~~と気が抜けてたのは確か

目が醒めたら7時40分
うわっ!!!!!!
慌ててチビに声掛けて身支度して
チビと一緒にいつも通り8時前に家を出た
ま、いつも化粧しないから
外から見りゃ別に”普段通り”と言やそうなんだけど。。。
洗濯干すのもツレアイに頼み、チビもスナックパンを齧っただけ
う~~~~、成長期の中学生に朝食きちんと食べさせずに出すなんて
何たる失策かcryingsweat02sweat02sweat02


職場に行くと明らかに子分ちゃん達のマスク率UPup
帰ると、pigちゃんの予兆か、”月のお使い”のせいか
頭痛sad
頭痛薬飲んで、ピアノのレッスンに出掛ける夕方までお昼寝を決め込んだ
体調悪い時はとにかく、1に睡眠2に栄養
そうやってこれまで医者要らずで乗り切ってきたからね


子ども達の周囲でも
まだpigフルの影響は意外に出てないけど
でも、確実にじわじわと包囲されている
油断大敵


このご時世に
ありがたいことに
健康でさえあれば
お仕事は待ってはくれないから
持ち帰った仕事、さっさと片付けて
今日は早めに就寝しようっとsleepy

日課の夜のウォーキングも
本日はお休みnight

『BALLAD 名もなき恋のうた』

「大沢たかおカッコ良いから、観ようよ!!」というチビの言葉に乗る形でチビと一緒に鑑賞(http://www.ballad-movie.jp/index.html

原作がアニメクレしん、というので、フザけたストーリーなのか、と思っていたけれど、いやいやどうして、テーマがイマイチ鮮明でない分娯楽作品としては上出来
どうも、レビューを見ていると「アニメの方が良かった」という声がかなりある様子
アタシはアニメを観ていないからそう思うのかもしれないけれど、この作品は、「クレしん」とは切り離してみる方が良いのではないか???
野原シンノスケを演るには武井君は堅すぎるしキャラが弱すぎる
だからこその”川上真一”なのだろう・・・・・


なにより、剛ポンが良いww
チビも「悔しいけど、草彅君カッコよかった!大沢たかおに迫ってた!!!」と
確かに、彼は現代劇、TVドラマ向けの俳優さん(と言うか俳優としての基礎練習もそう積まれてはいないだろうけれど)なので、声量不足や滑舌の悪さは否めないけれど
それでも、中村敦夫や小澤征悦など時代劇も数こなした俳優陣の中で「鬼の井尻」を遜色なく演じ切れていた・・・と思う
廉姫との恋も、決して”悲恋”には見えず、切なさの中にもお互いを想いあう温かさが感じられとっても人間らしかった。。。
がっきー、ほんっと、”お姫様”だよ~~lovely
可愛いだけでなく、ホントに”姫君”の凛とした気高さを醸し出せてたように思う
この子を知ったのはTVドラマの『ドラゴン桜』が初めてだったけれど、あの時の生徒の中で、役者として一番成長したのがこの子、なんじゃないだろうか。。。。(もう一人の女生徒はたいしたキャリアも積まないままに今や野球選手の嫁&ママに納まりきっちゃったし。。。)
高虎の大沢くんがカッコよかったのはもう、言うまでもない!!!!
「大変な癪持ちで乱暴モノ」という設定ダケド、いやぁ、贔屓目か
声といい、放つ台詞といい、武士(もののふ)魂といい
最初から最後までカッコイイのよlovely heart04heart04
そして、アタシが個人的に気になってずっと目が離せなかったのが文四郎役の吉武怜朗くん
もう、カワイイのなんのって。。。。
おネエの元彼の中学生の頃とカブって仕方がなくて・・・bleah

国を守り、愛する人を守ろうと名を賭け命を張って戦を繰り返しても
やがて国は、名は朽ち果て跡形も残らない
戦国時代に命を落とした武将たちの幾人が、今、歴史に名を留めているだろう
まさに”つわものどもが夢のあと”
現代人としてそれを伝える暁(そうそう、どうにも気弱な感じの”現代人”パパを筒井君、好演!!)と真一
「武士道」に学び、「武士道」に美を求める風潮もあったけれど
人をも己をも”生かす”道がある、ということを
戦国時代に伝える・・・というパラドクス
そして、いつの時代も
肩書きや身分などから”自由”に生きることの喜び
結末は・・・・・
あれでよかった・・・のかなぁ???

最後の城跡に行ったシーン
あれは余分だよ~~、監督さん!
あれカットした方がずっと余韻のある、良い作品になった・・って思うんだけど。。。
あれで一気に感動がどっちらけてしまいましたcoldsweats02wobbly

せっかくだから、アニメ版『嵐を呼ぶアッパレ!戦国大合戦』も
借りてきて観てみようかな。。。。という気になってます

黒武 洋 『そして粛清の扉を』

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世の中で、本当に罰せられるべき人が罰せられるべき程度に罰せられ
罪を赦された人が、本当にその赦しに値する更生をしているのか???
ということをツレアイともよく話す

現行法は正しく人を裁いているのか?
そもそも、人が人を正しく裁くことができるのか?
本当に”正義”だけを貫こうと思ったら、中村主水みたいな人がいないとアカンわけよ・・・と彼は言う

まさに、この作品の女教師は”現代女版中村主水”

これはフィクションだし
こんなにも極悪な子ども達が集まった吹き溜まりみたいな集団(まるで”ごくせん”の3-D。ヤンクミは”可愛い極道生徒”を守る(性善説)けれど、この3-Dのコンアヤは、”打つ手のない極道生徒”を世に出す前に粛清する(性悪説))は、さすがにいかに荒れた学校といえども、”学校”と名のつく組織の中には絶対存在しない(ここまで手のつけられない子ども達をいかに”お布施の為”といえども、在学させておく価値はない、と看做すのが学校という組織の最後の良識だと思う)だろう
現在係争中の被告人を実名で書いたノンフィクションが問題になっているけれど
このフィクションでも充分に社会に問題提起できうるのだから
敢えて実名を挙げずとも、実際に起こった事件を取材し、下敷きにした小説ででも、問題提起はできると思う

フィクションではあるけれど
しかし、子ども達の実態や子どもと親との関係性の希薄さ
学校の実態など
ある意味すごく現実に肉薄している
だからこそ、怖い

テレ朝主催のホラーサスペンス大賞第1回受賞作で、その時の選者の一人宮部みゆきさんが
「但し、わたしは、この作品の底に流れる”無垢の被害者側からの報復は、どんな過激な形をとったとしても許されるのではないか”という問いかけにうなずくことはできません」と述べられたらしい(本書、解説より)が
それはいつも作品が温かく終わる宮部みゆきさんらしい言葉だと思うが、別にこの作品の根底にこういう問いかけが流れている、とは私は感じなかった。
なぜなら、粛清の名の下、復讐を果たした女教師は、虚しさと痛みを確かに感じているのだから・・・・


既存のレビューの中に”キョウハンシャ”について言及されていたものもあり
それを頭の片隅に置いて読み進めるうちに、アタシの中で共犯者はこの人、というのは確信になり
そして、結局それは当たっていた
ただ、最後に明かされた事実は衝撃だったし(でも、それについてもエピローグでちゃんと伏線はあったわけだけど)
その事実を伝えた本人自身ですら、彼らの接点を知らずにいたわけだから
すべてを掌握できたのは、読者である私たちだけ…という優越感(!???笑)が最後に残る

子どもを”粛清”するのは、他者であってはいけないし
親が粛清しなければならないような事態に陥る前に
どこかで、もっと小さな芽のうちに
打つべき手はなかったのだろうか・・・・という
少年による凶悪犯罪、残虐な犯罪が起こるたびに湧き上がる想いが
また頭をもたげた

怖いけど
親である人間にとっては
読む意味はある、と思う

新境地

発掘!!!


遡ること2週間
9月25日付の夕刊のエンターテイメント情報で
大蔵流狂言の茂山家とドイツの管楽団との演じる狂言風オペラ『魔笛』が公演される(http://www.asahi.com/culture/update/1007/OSK200910070157.html)ということを知り
学生時代にオケに所属してらした、岐阜に住んでいる大学の後輩にお声を掛けてみた
大蔵流茂山狂言はこれまで何度か子ども達と観に行ったことがあり
役者さんにも馴染みがあるし
『魔笛』は、音楽の教科書にも載っていて興味を持ったチビと、映画版ではあるけれど観たことがあったので
浅学なアタシにも理解できるかな~~~~~~と

「狂言風オペラとは西洋の歌劇を楽曲はそのままに、物語世界や歌詞を伝統的な狂言の衣装や表現、狂言ことばに変換し、和魂洋才、”洋魂和才”の新たな舞台芸術を目指す新ジャンル」(朝日新聞9/25付け夕刊記事より抜粋)だそうで
02年の『ドン・ジョヴァンニ』に始まり、06年には『フィガロの結婚』を発表、そして今回の『魔笛』が、モーツァルト三部作の集大成、だとか

昨日がその公演日(http://www.gifu-fureai.jp/salamanca/sponsor/c_2009/1010.html
Photo
午前中にローカル~~~~~な最寄のJR駅に送ってもらい
2時間半かけての列車の旅
奈良線の京都駅到着が遅れ、乗る予定の新快速を逃してしまい
約束の待ち合わせ時間より30分遅れることになったけれど
気持ちの良い秋晴れだし
乗りテツのアタシにはのんびりと普通列車の旅もまたたのしみww
(この公演の新聞記事の切抜きをツレアイに見せたら「なんでわざわざ岐阜まで・・・・ボケーっとした顔大阪か京都で見れば良いヤン!」と言われたのだけれど、でも、岐阜では久しぶりの後輩とのお祝いを兼ねた再会と、そしてこんなのんびりした列車の旅が楽しめるのだから、アタシにとっては一石二鳥!)

家を出たのが10時前
待ち合わせの時間は30分後ろにずれ込んだので、開演まで1時間弱しかなくなり、ゆっくりお昼をご一緒にする時間はなさそう・・・というわけで
Image199 米原駅で乗り換え時間に余裕があったので、ほんっとに久々に駅弁を購入ww
今日はどこもかしこもとっても清々しい秋晴れだったのだけれど
途中醒ヶ井と近江長岡との間で、お弁当食べてたらバチバチバチっと窓に大粒の雨
隣に座ってらした初老のご夫人も
「あら?雨降ってますの??」と驚いてらしたけれど、ホント、山の裾だけの通り雨、でした


ホールは今年15周年記念、とのことだったけれどまだまだ新しく素敵!
ただ、アタシ達が取っていた2Fバルコニー席は、手すり位置が高く、手すりから椅子の距離がかなりあり、舞台がちょっと観難かったのが難、ではあったけれど、ま、大阪のいずみホールでのチケットなどよりかなり安いお値段のお席だったのだから、それも込みで致し方なし

しかし、舞台はもう、ホントウ、素晴らしかったです!!!
残る東京公演は14日(東京オペラシティーコンサートホール19時開演)で、もうチケット発売終了しているかもしれないけれど、これは絶対ハズれはない!!!と思います
楽団メンバーの登場の仕方も小粋だし、普段はオケピにいる楽団もフルオーケストラではなく管楽八重奏が舞台上で、役者と楽団と、そして観客までもが一体となって芝居空間を作り出す・・・という趣向

飄々とした正邦さんのパパゲーノは洒脱で狂言の真骨頂、童司くんのタミーノはとっても可愛らしく、あきらさんのパパゲーナは老女の時が絶品(本来の姿に戻ったパパゲーナも可愛かったんだけど・・・笑)、そしてTVドラマなどでもおなじみの逸平くんの妖艶な夜の女王は、オバチャンキラーの逸平くんの株をまた上げるんじゃないでしょか(笑
千之丞さんのザラストロは教祖としての威厳と、人間としての俗な部分とを実に見事に演じ分け
原作オペラよりもわかりやすく、そして馴染み深い狂言の語り口や所作がなんともモーツァルトの楽曲とマッチしているし
忘れてはならないのが”音曲の精霊”を能のシテ方が演じていたこと
狂言がとことん庶民的な”俗”なものである反面、能の世界は幽玄”霊界”にも通ずるような精神性の高い世界
ただ見るにはちょっと気の張る能を、こんな風に取り入れているところもまた、とても目新しい
新境地は和洋のコラボだけでなく、和魂のコラボレーションにも見られる
そして鼓と管楽との調和
この試みの完成度の高さを充分に満喫できました


「地元の私も知らなかったこんな作品、華音さんよく見つけられましたね。どうしてお知りになったんですか?」と驚いてらした後輩は
偶然にも大学1年の時の学園祭で、音楽科の演じる恒例のオペラが『魔笛』で、オケメンバーとして参加されていた、のだそう
「ホントに面白かったです」と彼女も満喫されたようで、良かった、良かった!! Dsc05420

岐阜駅に向かうバスの中で夕闇は迫り
駅前の『金の信長像』もライトアップされて存在感UP

駅ビルのカフェでお茶を飲みながら小一時間ほどおしゃべりをして
帰路に着きました

台風のプレゼント

チビは歓迎し、おネエは試験中なのでそれが延期になるのをとても嫌がった休校が決定し、久々の家族揃っての朝食&昼食
それと・・・

チビが休校で部活もなく、夕方早い時間もフリーなので
「もしダルちゃん投げるなら行こうか!」と言っていた
京セラドームでのオリックスの最終戦
ダルちゃんは投げないけど、内外野自由席は中学生まで無料になるし、大人も格安になるので
Dsc05415 行くことにしました

前回のドーム戦が『今シーズン最後の球場での野球観戦』と思っていたけれど、もうひとつ増えちゃいました

今回のアタシ達の席は、ファイターズの応援団近く、カメラ席のすぐそば
今日の先発メンバーは、
ファイターズはもうやる気ないのか
主力選手はCSに温存しておくためか
はたまた大石監督の本拠地での最後の試合に花を手向けるためか
なんともスター性の希薄なメンツ(失礼<m(__)m>) Dsc053972

応援団の規模も、内外野の入場者数も
オリックスは本拠地最終戦、と言うことでファンサービスもあるしそこそこ埋まっていたけれど
ファイターズ側はなんとも寂しい限り・・・Photo

そして、試合展開も
「え?これがリーグ優勝のチームの力??」っていうくらい
本当に精彩を欠いていて
ファンが
「梨田監督、やる気あんのか?ファンに失礼やろ!もっと気合入れてくれよ!」って言いたくなるのもわかる・・・・
けど、試合後にはファイターズ全メンバーが応援団席の前まで来て挨拶しているのは気持ちよかったww

Dsc05413Dsc05414 遠すぎて誰が誰だか判別困難だけど、ひちょりくんだけは目立ってるのが可笑しい♪

Dsc05407

でもま、オリックスにしたら、今季最後の本拠地での試合を圧勝で飾ることできて、本当に良かったんじゃないだろうか

←2点入ってもまだ満塁

今季限りでユニフォームを脱ぐ川越投手も登板できたし、8回9回はバッター一人ごとにピッチャー交代してたので、そのうちの1回に外野トリオが集まってた↓

Dsc05412 最終戦後のセレモニーでの大石監督のコメントも心打つものだった
(チビは時期監督があまり気に染まなくて”来年からはオリックスの応援するの、やめよかな”と言っている)
オリックスの選手がその場でサインをしたサインボール500球を投げ入れてくれる・・・と言うのでチビがものすごぉ~~~く期待していたのだけれど
生憎ファイターズ側にいたので、投球されたのは1球だけ、
その1球がもろにアタシのいたところに飛んできたので、取ってやろうとそりゃものすごい気合入って心臓バクバクだったんダケド
プロ野球選手の投球力は並大抵ではなく、スタンド下段の中ほどにいたアタシの頭上を飛び越えて後方の壁に当たり、アタシのいた列の最後段にいた男性がGET!
ものすご~~~く近かっただけに、悔しかったけど、ま、仕方ないわね

最後には応援団同士でエールの交換したりして
とっても気持ちよく球場を後にしたのでした

そしてもうひとつ・・・・
帰ったら、今日の数学と現国の試験が明日に順延になったおネエが
「今日はアタシ、高校入って一番数学勉強したん違うかなぁいう勢いやったで!」
アタシ達の観に行ってた試合を最後の方TVで観ていたらしいから
勉強ばっかりしてたわけではないようだけど
アタシがいればTV観てるだけで小言言われるかもしれないところ
自分で「高校入って一番勉強した!」と胸を張れるくらいやったなら
言うことないじゃん
「休校になったのはチャンスだと思って、勉強しろ!差がつくぞ」と叔父ちゃん(アタシの弟)がくれたメール、おネエに見せたら
「叔父ちゃんはアタシとは気持ち繋がってるから!(こういうエールくれるのは当たり前ヤン!)」なんて言ってたけど
ちょっとは背中を押したかなww
親があーだこーだ言わなくても、ちゃんと温かく見守って応援してくれる人が一人でもたくさんいる、っていうのは
子どもにとってもものすご~~く心強くありがたいことだろうな

めでる

愛でるって、目でいつくしむこと、眺めて楽しむことっていう意味もあるんだろうなぁ。。。。

料理は味が第一なのはもちろんだけど
やはり見た目も楽しいものが嬉しいwww


今日はネットで取り寄せた北国のカラフルポテトで簡単おいしい一品 Dsc05393
紫のは「シャドークイーン」
ピンクのが「ノーザン(NO残ぢゃ、ないよbleah)ルビー」
そして黄色みの強いのが「インカのひとみ」(「インカのめざめ」の系列らしい)

それぞれよく洗って皮ごとラップで包んでレンジでチン!
アツアツのうちに皮をざっと剥いたら
これまた北の美味しいバターをひとかたまり入れて絡め
塩とイタリアンハーブを振りかけて出来上がり
うちはマヨネーズがあまり好きでないチビのために
マヨネーズと粉チーズはそれぞれお皿に取ってからお好みでwww

普通のポテトサラダとはちょっと目先が変わって
アントシアニンたっぷりで目で楽しく目に良さそう

まだまだ

世の中、知らないことばかり。。。。

今日は裁判傍聴初体験
傍聴しようと地裁に行ったことはあったのだけど
傍聴できる裁判がなかったか、興味のある案件でなかったかして
裁判所見学しただけで帰ってたんだよね

同じく裁判傍聴してみたい・・・とチビが言うので
チビの部活がお休みの平日・・・となると、体育祭の振休で部活もお休みになっている今日しかない!アタシもまたまた職場の都合でお休みだし・・・・と予定していたのだけれど
顧問の先生の一存で、チビは今日午前中部活の練習が入ってしまったgawk
しかも、今日の午後の裁判は傍聴券の抽選がある・・・とか

「そんな、大きな事件って、最近あったっけ???」
抽選整理券の配布が12時45分から15分間
チビが帰ってきたらすぐに着替えさせて出発!!!dash

私たちは地裁入り口の前で車を降り、駐車場に車を入れてツレアイが整理券を貰って列に並んだのがタイムアウト1分前sweat01
うひょ~~~~ギリギリ・・・・sweat02sweat02sweat02
45席の傍聴席に対して整理券が64枚発行された、とのことで抽選に

抽選は割り箸の籤を引いて、先端が赤いのが出ればアタリ、塗っていなければハズレ
アタシは当たり、”ハズレたら嫌やなぁ”と言っていたチビが続いて引くとハズレ
あ~~~ぁ、可哀想に
エイ、ままよ!と無心に引いたのでなく、一瞬迷いが生じたのが良くなかったか・・・たらーっ(汗)
そしてアタシ達より数人後に順番の回ってきたツレアイもアタリsagittariusImage204

2席当たったから、アタシはいいよ
チビちゃん前から行きたがってたし、お父さんと約束してたんだからお父さんと二人で行っといで

ま、取り敢えず腹ごしらえしよう
開廷は1時半だからまだ30分弱あるから

・・・と、見晴らしがよく、地場産材料を使っているというのでちょっとした穴場の県庁の職員食堂へdash

Image200 県庁前の芝生には、道路を横切ってやってきたらしい鹿がすわっているのが”いかにも”smile
正面入り口前にはせんとくんがお出迎え

そして庁舎6階の職員食堂で、アタシとツレアイとは目玉商品の『大和地鶏の親子丼』を、チビはカツカレーをオーダー
カフェテリア形式の食堂でカレーはすぐにサーブしてもらえるのだったけれど
親子丼は、オーダーが入ってから作るらしく、一緒に食べられるよう、チビの分のサーブも少し待ってもらえたww
職員のお昼休みを少し過ぎていたからそういう配慮もしてもらえたのだろう
Image201 親子丼は上品な薄味で卵がとろ~~り
身の締まった鶏肉が結構な量入っていて、これで650円(赤だしの味噌汁付きだと700円)はリーズナブル!!

Image203 大きな北側の窓に面したカウンター席からはNHK奈良支局や遠くに廃園した奈良ドリームランドのアトラクションが見える
頭上の庇はサンルーフ仕様になっていて、お天気良ければ青空が美しいのだろうな・・・と(今日は曇天cloudで残念sweat02

食事を終え
「私はまた機会もあるだろうから華音ちゃんとチビと行っておいで。私が食器片付けとくから」というツレアイの言葉に甘えてチビと地裁に向かう
開廷を数分過ぎていたけれど途中入場は可能
本当ならば傍聴券の番号の席に座らなければならなかったようなのだけれど
2席続きの席に「そこでもいいです」と言っていただき着席
そもそも、この裁判「賠償請求」で原告と被告としかわかっておらず、どんな案件かしっかり聴こう!と思っていたらば、なんと・・・・
被告側が提出書類を揃えていない・・とのことで、提出期限を言い渡され、そして次回開廷の日程を決めただけで
「では、本日はこれで閉廷します」slate

え???????coldsweats02

みたいな・・・・・・

初の裁判傍聴体験が、整理券配布の列に並び、抽選をし、そして書類不備で弁論なしで閉廷という
まぁ、イレギュラーの連続みたいな得難い体験しましたなぁ
実際の”裁判”ってTVドラマや映画なんかでもよく見るけど
いやぁ、実際にはこんな肩透かしもあるねんね・・・と、チビも良い経験したよね

他の法廷での傍聴ができないかみてみたけれど
今日はその裁判しかなかったようで
「ホントはチビちゃんには刑事事件の公判を見せてやりたいんだよなぁ」と、ツレアイ
きっと、そんなチャンスもまたあるでしょうgood

快哉!!開催

決行か延期かが案じられたチビの体育祭
アタシは、予定通り火曜に延期になんかなったら仕事あるから観に行けないし、
明日に延期になるならまだしも、天気予報は今日明日持ち直して来週はまた週明けから天気悪い・・・って言ってるから火曜の開催も怪しいし・・・・って思ってたんだけど。。。

”先生方もきっと今日なんとか挙行して終わらせてしまいたいはず!!”と半ば願掛けるような気持ちで、弁当を作るために起き出した時間にはまだ雨rainが降っていて・・・
弁当を作りながら、あ~~、こりゃ、絶望的か・・・と思っている間に空が明るくなってきて雨は上がり
朝7時に「2,3時間遅れで開催します」という連絡を受け、
火曜日の時間割と体育祭の両方の荷物を重そうに持ってチビがでかけた後
洗濯物を干しても乾きそうなくらいの陽射しsun

「10時半より開催します」(結局1時間半遅れ)とのクラスの保護者連絡網に胸を撫で下ろし
家を出る頃は、爽やかな気温で
「運動会やるにもあまり暑いとしんどいし、ちょうど良かったんじゃない!??」なんて言ってたんだけど
油断して帽子だけで、日傘持って行かなかったのは大いなる誤算wobbly
競技を観ている間にどんどん気温は上がり、陽射しはじりじりと、うっかり半袖で出てきた腕を焼いているのがわかるくらい・・・・


Dsc05376 今年の体育祭のテーマは『お前がやらなきゃ誰がやる』

Dsc053702自主性、積極性をテーマに
山の中だけに広々としたグランドに
各クラス30名前後各学年2クラスの生徒が全員集合しても寂しいくらいだけど
校長先生が「各学年の先生に”みんなが力を合わせなければ勝てないような競技を”とお願いしていました」と仰る競技が繰り広げられ
そりゃまぁ、全員が一丸となってテーマに向かう、っていうような絵空事は、
思春期の子ども達には起こらない
中には、明らかに”ヲイヲイ、君やる気ないやろ??”ってのが明らかな子もいるけれど
一生懸命頑張る子が多いクラスは応援でも競技でもやっぱり結果出してるし
本当に”中学生らしい”
下手に作りこまれていない
良い体育祭だったんじゃないかなぁ。。。。

Dsc053712 教育の目的、とか成果、とか言い出すとキリがないけど
親としては、毎年の定点観測で
我が子が確実に成長しているのがわかること
集団の中で、我が子がそれなりにポジションを確立し、
役割をこなし、友達と楽しくやっているのを見届けられること
それだけでもう十二分に行事の意味がある

「○○ちゃぁ~~ん」と声援を送っても
アタシの舞い上がり体質を知り尽くした上で
「げ!またオカンでけぇ声出しやがって。ハズいっつんだよ!」ってな具合に見事に無視を決め込むのも、それがこの子の成長の一過程

ツレアイと一緒に保護者席からは少し離れた場所で見てると
「いつも仲睦まじいね」と友人がメールをくれる
いやぁ、仲睦まじいっていうか、基本暇やし、我が家には有形資産は何もないから、子どもの成長と家族の絆だけが財産だしさ
それに、アタシ社交的でないから、丸一日他所のお母さんと一緒にいるっていうの、苦手だしね。。。

かくて、秋の休日は有意義に過ぎて
部活の試合に出掛けたおネエとチビとが帰ってきたら、
今日の打ち上げと、来週から始まるおネエの前期末試験の壮行会を兼ねたささやかなディナーにいたしませう

『TAJOMARU』

チビが羨ましがる”映画の梯子”
今日は1作目終了と2作目開演のインターバルが5分という
とっても効率的なタイムスケジュール
2作目にはミーハー路線でお気に入り俳優小栗旬クン主演の『TAJOMARU』(http://wwws.warnerbros.co.jp/tajomaru/)をチョイス

『藪の中』が原案というので、テツガクテキなのか・・・と思っていたのだけれど
これは純粋なエンタテイメント作品
同じ『藪の中』を原案にした武ちゃんと天海祐希さんの『MISTY』を見比べてみたくなった
文学作品と思いきやエンタテイメント、でも、室町末期の”家柄も肩書きもカンケーなくなる””時代が変わる”まさに動乱期に人が何を寄るべに、何を大切にして生きていくのか・・・っていうのは
まさに”今の時代”へのアプローチをかなり意識してんだろうな。。。。

松方弘樹の怪演がめちゃくちゃイイww
いやぁ、松方さん、『青き狼』の時よりずっと良かったよ~~
柴本幸さんは「勘助!」と呼びつける”由布姫”の印象が強く、可憐なお姫様には見えなかったのは狙い通りか・・・んでも、捨て身の演技だったよね~、お岩さんに見えて”怖い”シーンもあったもの



そして、おぐちゃんが多襄丸になって仲間とツルんでるシーンはファンキーな感じで、これぞエンタテイメント!!という感じ
綾野クンちぃとばかし地味だったけど・・・(もっと派手な立ち回りを期待してたんだけど。。)
やべきょうすけさんとおぐちゃんの絡みは
時代劇だ・・と思っていても、どうしても『クローズZERO』の源次と拳さんにしか見えなくて、困った・・・・あせあせ(飛び散る汗)

おぐちゃんは現代劇も時代劇もみてくれ割と激情型(まぁ、舞台やってるっていうのも影響しているのだろうけれど)なんだけど、どうも平板なんだけど、これは少なくとも三成役よりはハマってるよ
いや、良かった!!!

そうそう、忘れてはならないのがショーケンの凄み・・・これは要チェック!!

主演のおぐちゃん目当てか、アタシみたいなオバチャン2人連れ(アタシは一人で観たけど)が多かったなぁ
本編が始まるまでずぅ~~~とおしゃべりしっぱなしだった後ろの席のオバチャンたち、勘弁してよ~~~って感じでした

『セントアンナの奇跡』

職場の都合により本日臨時休業
こんなポッカリ空いた一日が映画館のサービスデーと重なっているのは”恵み”
そこで観たのが近くの映画館で期間限定でリクエスト上映されている『セントアンナの奇跡』(http://www.stanna-kiseki.jp/

物語は平凡な一市民による突然公衆の面前での殺人から始まる

事件の真相が明らかになるのは映画のほんとに終盤
なのだけれど、『AERA』の広告ページで気になっていた予想通り
私にとっては種明かし部分こそが歴史的意義、興味の豊富な作品だった

ナチスについて描かれたドイツ内外の戦争映画、反戦映画は多いけれど
第二次大戦ヨーロッパ戦について描かれたイタリアあるいはアメリカの映画って、(あるのかもしれないけれど)これまでアタシはあまり観たことがなかった
ムッソリーニ、ファシスト政治、パルチザンの抵抗、ナチスによる民衆の虐殺
世界史の教科書で、事柄は知っていても、当然のことながらヒロシマ・ナガサキのようにピンとはきてなかった

黒人系大統領が誕生し『自由の国』を内外に標榜している大国
その国を”祖国”として守るために組織された”バッファロー・ソルジャー”の黒人たちが「外国で自由を感じるなんて・・・」と涙するシーンは印象的
ナチスがその黒人兵士たちを動揺させ、戦意喪失させるために流す心理作戦のデモ放送に、真理を見る

いつの時代も
どんな国のどんな戦も
人の命をコマのように思い、自由に動かそうとする”上層部”によって操作されている愚行でしかない
いかなる戦争にも”正義”はない
ひとがひとを愛し思い遣る純粋な気持ちと
ひとりひとりの命以上に
尊いものなどこの世にはない

生きるか死ぬかの緊急時にケダモノになるも人間ならば
非常時に於いてもひとを、いのちを思い遣れるのもまた人間
いわんや平時をや。。。。。
こんな平時に人を思い遣ることのできない人間であって
いつ思い遣れようか

ショコラットの巨人と少年との、言葉ではないこころの交流が
とても美しく、そして心に沁みる

トスカーナの山あいの村の
悲しい歴史を今、知ることができて
良かった・・・と思うのは
エンディングが悲惨ではなかったから・・・だろうか。。。

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