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『ワルキューレ』

少し前にクーデターの”成功”と”失敗”のドキュメンタリー(チェ・ゲバラの2つの映画)を観ていたし、この作戦が失敗に終わるという結果も知っていた・・・のだけれど・・・

歴史に「たら・れば」を語ることは不毛だ・・とは思っていても、”何が”成功と失敗とを分かったのか???と考えてしまう
どんなに緻密に練られた計画も、ちょっとした状況の変化で覆されてしまう
成功するかに思えたことも、一瞬の逡巡が明暗を分けてしまう
それを「神の采配(思し召し)」と呼ぶのだろうか???
最後まで緊張感の続く、スリリングなドキュメンタリー

「ワルキューレ」という言葉の意味と、シュタウフェンベルク大佐がその計画を思いついたエピソードとが、意義深い

「国民が愛する国家」とはなにか?
「国家を愛し、守る指導者」とはどうあるべきか?

「祖国を守るために喪われた命は恥ではない」
純粋に国に殉じて死した者たちの命は尊い
・・・けれど、やはり、それが支持されることをうまく利用して
国家が、指導者が、他者に”死ね”と命ずるためのスローガンに用いられるのは、やはり怖いな・・・と思う

『僕は君のためにこそ死にに』行った若者たちは
純粋に愛するものを想い、そのために命を国家に預けたのだろう・・・・その想いは美しい
だけど、本当に”君のため”を思うのなら、生きて、最後まで守り抜くべきではないのか?
白洲次郎は、強大なコネを濫用して”死にに行く”ことを拒否し、回避した
そんなことは誰もができることではなかった
しかし、彼が生き永らえたからこそ、GHQと対等に渡り合い、それまで永きに渡って国民の心の礎であった天皇の存在がうまく現状のように着地した
だからこそ、誰もが彼のように”生きて愛する祖国のために貢献する”権利を主張できる社会でなければならない・・・と思うのだ

”祖国を愛する”ことと”祖国のために命を賭す”こととはイコールではない
平時だけにあらず、有事であっても・・・・
その両者がイコールである、という思想が定理になってしまうのは本当に怖い・・・と、こういう「愛国モノ」仕立てのドキュメンタリーを観るたびに、”産み、育てる性”を背負っているアタシは思うのだ

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