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リチャード・イェーツ『家族の終わりに』

家族の終わりに

著者:リチャード イエーツ

家族の終わりに

買ったきっかけ:
今公開中の映画『レボリューショナリー・ロード』の原作
まず、これを読んでから映画観るかどうかを決めよう・・・と思っていた

感想:
原題『REVOLUTIONARY ROAD』
これは舞台であるNY郊外の町への新興住宅地(レヴォルーショナリー・ヒル)の中の幹線道路の名称であるが、人生に於ける岐路(変革への道)の直喩、でもある

アメリカの社会問題のひとつでもある、「家族」の病理
舞台は1955年のNYの郊外コネティカットから始まる
けれどその物語は現代に当て嵌めても全然違和感がない
なぜなら、「夫婦」となること、「家族」を作ること、
すなわち「他人」と共生することはいつの時代も、どんな場所に於いても、洋の東西を問わず
「個人」の「自由」を制限すること、なのだから
一人の人間の中での「個人」と「家庭人」の共存は、永遠の課題である

親の決めた許婚と何の疑問もなく結ばれる
中世から近世までの婚姻とは様相を異にした
多くは恋愛によって、時にはその他のルートを採っても、選択・決断の自由のある近現代の結婚においては
相手への不満や失望はすべて自分に返ってくる
(そういう相手を”選んだ”のは、あるいはそういう人と知っていて結婚生活に”踏み切った”のは自分)
結婚生活は、終焉を迎えるまで、夫婦相互の”不断の努力”が必要絶対条件
破綻を自覚した時、あるいはずっと欺瞞に満ちた結婚生活を送っていたと気づいたとき、如何に考え、如何に生きるか
簡単に「離婚」を選ぶ現代の風潮に対するアンチテーゼの提示か?

翻訳書にありがちな(自分の学習経験からもそうなのだけれど、大胆な意訳をしない限りはどうしても持ってまわったような表現になるのは、英語という言語の持つ表現の特質から・・・なのだろう)アタシの好きになれない文章

普遍的なテーマだけに、ストーリーにそうドラマティックな展開はなく、よって、映画は観ないことに決定
ご主人と一緒に観に行った、という友人も
「夫婦について考える良い機会だったけど、重いし、救いがないし、映画館で2000円近く払って観る映画ではない」とのこと
多分、アタシの感想もそんなところだろう

おすすめポイント:
映画の原作を読んでみたい方に

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